物価目標より景気持続が大切(H30.10.21)
―『世界日報』2018年10月21日号“Viewpoint”(小見出し加筆)

【米国の利上げ計画】
 米国の連邦準備制度理事会(FRB)は、9月26日、政策金利であるフェデラル・ファンド(FF)レートの誘導目標を0・25%引き上げ、2・00~2・25%とした。ゼロ金利から数えて8回目の利上げである。今後は年内に更に1回(2018年中合計4回)、19年中に3回、20年中にも1回の利上げが見込まれている。この通りなら、最終の20年の利上げで3・25~3・50%に達する。
 26日の声明文では、前回まで記載していた「金融政策のスタンスは引き続き緩和的だ」とする文言が消えた。FRBは今回の2・00%から19年3回目の3・00%あたりを長期的に見て景気に中立的な金利水準と見ているようだ。従って、20年にも再利上げすれば、景気の基調が強過ぎて引き締めに入ることを意味する。

【欧州の出口政策】
 他方、欧州中央銀行(ECB)は、9月13日、国債などの資産購入額を10月から現在の半額にすると決定した。さらに景気情勢に異変がなければ、12月末に購入額をゼロにし、予定通り量的緩和政策を終了する。
 このような米欧中央銀行の動きは、08年のリーマンショック以降の世界同時不況から米欧の経済が立ち直り、超金融緩和の支えが必要のない経済(米)、あるいは必要がなくなりつつある経済(欧州)になったことを示している。

【日本経済も欧米に劣らぬ回復】
 ひるがえって日本経済はどうであろうか。リーマンショック後の回復過程で、成長率は1%未満の潜在成長率を上回るテンポで回復したため、国内総生産(GDP)ベースの供給超過は毎年縮小し、16年第4四半期から需要超過に転じ、最近はリーマンショック直前のほぼ2%の需要超過まで回復している。また「日銀短観」や「法人企業統計」の売上高経常利益率はリーマンショック直前のピークを上回り、完全失業率は同じ時期のボトムを下回っている。企業収益と雇用は、バブル崩壊直後の1990年代初の水準まで回復しており、これを反映して株価も上昇してバブル崩壊後の最高水準を記録した。

【安倍首相の変説―物価より景気が大切】
 このような情勢の中で、安倍晋三首相は、自民党総裁選挙の論戦中、「アベノミクスによって2%の物価目標が達成されていないと批判されるが、景気、雇用、収益は立派に回復した。物価は景気などを回復させるための手段であるから、景気などが立派に回復すれば、デフレも収束したことだし、物価はこれでよい」という主旨の反論をした。これは経済学的に見て正しい。安倍首相のブレーンである浜田宏一内閣官房参与(エール大学名誉教授)も、「国民にとって一番大事なのは物価ではなく、雇用や生産、消費だ。物価は雇用や生産を回復させるいわば手段であり、目標ではない」と事あるごとに述べている(本欄17年11月20日参照)。
 去る8月25日に開かれた今年の「ジャクソン・シンポジウム」(カンザス連銀主催、米国を中心とした主要国の中央銀行首脳と金融エコノミストが集まる)においても、パウエルFRB議長は「物価指数を金融政策の羅針盤とするこれまでの考え方」に疑問を呈した。

【日本の2%物価目標の論拠は脆弱】
 日本で「2%の物価目標」が金科玉条のようになったのは、第2次安倍内閣が発足した直後の13年1月、政府と日本銀行の共同声明の中で、「物価安定の目標を消費者物価の前年比上昇率で2%とする。日本銀行は、上記の物価安定の目標の下、金融緩和を推進し、これをできるだけ早期に実現することを目指す」としてからである。それまで日本銀行は「1%」を「目途(めど)」としていた。1%なら現在ほぼ実現しているので、物価目標にとらわれなくてすむはずだ。それを確たる論拠もなしに、欧米のインフレ・ターゲットは2%だからと言って、政府は日本銀行に2%を押し付けた。しかし、ニクソン・ショックや2度の石油ショックによって起こった世界インフレが収まって以降、日本のインフレ率は欧米のインフレ率よりも低く、為替相場は趨勢(すうせい)的に円高傾向をたどった。その経験の中から、日本銀行は物価安定の目途を1%に置いていたのである。

【政府・日銀は「デフレ収束宣言」を】
 安倍首相が総裁選挙で述べたことを受けて、政府と日本銀行は「デフレ収束宣言」を発し、2%の物価目標を棚上げして、現在の景気を維持することを最優先の目標とすべきである。とくに、19年10月の消費税率引き上げ、19年後半のオリンピック需要の一巡、アメリカの長期景気上昇が20年頃に峠を迎える気配、などを踏まえると、金融政策も先行きの成長鈍化に今から備えを固めるべきである(2月13日付本欄「金融政策の先行きを読め」参照)。

【異次元金融回復の副作用を修正し景気回復力を強めよ】
 日本銀行は、既に国債買入額を減額し(ステルス・テイパリング)、国債金利の誘導目標を変動幅拡大と称してゼロから0・1%超に引き上げた。今後は安倍首相が総裁選挙中に口にした「出口政策」を根拠に異次元金融緩和の副作用の修正に乗り出し、景気回復力を強めなければならない。具体的には、マイナス金利、ゼロ金利からの脱却による銀行の収益改善・金融仲介機能の修復、日銀の大量買いオペの縮小・廃止による債券・株式市場の自律的調整機能の回復などの金融正常化に早く着手すべきである(9月20日本欄参照)。