日銀新執行部は変われるか(H30.5.15)
―『世界日報』2018年5月15日号“Viewpoint”(小見出し加筆)

【代り映えしない新執行部の陣容】
 日本銀行の新執行部がスタートした。と言っても、総裁は黒田東彦氏の再任だし、日銀プロパーの副総裁は、長い間政策企画の担当理事として黒田総裁を支えてきた雨宮正佳氏の昇格、もう1人の副総裁はリフレ派の学者である岩田規久男氏に代わって、同じリフレ派の学者、若田部正澄氏が就いたので、全体として陣容はあまり代わり映えしない。

【「オーバーシュート型コミットメント」の継続を宣言】
 4月26、27日に、新執行部の下で、初の政策委員会の政策決定会合が開かれたが、そこで決まった今後の金融政策運営の方針は、①2%の「物価安定の目標」の実現を目指し、これを安定的に持続するために必要な時点まで、「長短金利操作付き量的・質的金融緩和」を継続する②消費者物価指数(除く生鮮食品)の前年比上昇率の実績値が安定的に2%を超えるまで、マネタリーベースの拡大方針を継続する―と一言一句、従来の旧執行部の方針を踏襲している。つまり、消費者物価上昇率が前年比2%を超える状態が安定的に続くまで、長短金利を操作目標とする量的質的金融緩和によってマネタリーベースを拡大するというこれまでの「オーバーシュート型コミットメント」の持続を、新執行部が改めて宣言したのである。

【2%達成時期の見通しを削除】
 しかし、注意深く検討すると、二つの点で新執行部は旧執行部と違っていることに気が付く。
 第1は、4月26、27日の政策決定会合で同時に承認された「経済・物価情勢の展望 2018年4月」(展望リポート)の「物価の中心的見通し」の中で、前回(2018年1月)まであった「2%程度に達する時期は、2019年頃になる可能性が高い」という文章が削除されていることである。
 これについて黒田総裁は記者会見で、「これまでは達成される時期の『見通し』として示してきたのであるが、市場の一部では『達成時期』と捉え、この記述の変化を政策変更に結び付ける見方が根強くある。しかし日本銀行は『特定の達成時期』を念頭において政策を運営しているわけではない。このため政策スタンスが誤解される恐れがあるので、今回からこの文言を削除した」と答えている。

【これまでの達成時期の見通しは「希望的観測」】
 確かに欧米先進国の中央銀行でも、物価の「見通し」は示しているが、「達成時期」をコミットしている例はない。それが日本の場合、「達成時期」と受け取られたのは、旧執行部の5年間、物価の見通しが常に「希望的観測」から高めに外れ、その都度下方修正してきたので、国民の目から見ると、「見通し」が「達成時期」の「期待」ないしは「希望的観測」と見えたのも仕方がない。

【2%未達成でも政策変更するための布石?】
 しかし日銀オブザーバーの目から見ると、物価目標が達成される時期の「見通し」が削除されたことは、達成されていない場合でも政策を変更するための布石のようにも見える。事実、政策委員会の席上では、リフレ派の片岡剛士委員から「物価目標の達成時期を明記するとともに、国内要因により達成時期が後ずれする場合には、オーバーシュート型コミットメントを強化する観点から、追加緩和手段を講じることが適当であり、これを本文中に記述することが必要」という反対意見が出された。これは1対8で否決され、文言削除が決まったのであるが、反対した5人の政策委員と3人の執行部の心中には、2%の政策目標達成は無理と見て、達成されなくても必要なら政策の変更ができるようにしておこうという政策意図が、まったく無かったとは思えない。

【異次元緩和の副作用に言及】
 旧執行部と異なる第2の点は、「長短金利操作付き量的・質的金融緩和」の副作用やそこからの出口政策について、これまで記者会見で語ることの少なかった黒田総裁が、「副作用には金融仲介機能の低下と資産バブルの2点があると思うが、現時点では金融システムに対する好ましくない影響は出ていない」と述べたことである。これは、既に政策委員や日銀事務方の中で、副作用や出口政策が真剣に検討されている証左ではないだろうか。

【実際の副作用はもっと沢山ある】
 実際に考えられる副作用には、黒田総裁が述べた2点のほか、日銀バランスシートの不健全化、国債市場・株式市場等資本市場の官製化による市場の自律的調整機能の低下、財政ファイナンスに伴う財政規律の弛緩(しかん)、などもある。これらは国内における出口政策や海外からの金利上昇圧力に伴って、いずれ到来する金利上昇期には大きな問題となり、政策運営や金融経済システムを脅かすことになる。逆に、一部で予想されている19年以降の世界と日本の成長鈍化・景気後退が現実の問題になると、副作用を一層拡大する量的緩和の拡大に躊躇(ちゅうちょ)せざるを得ないので、金融政策は動きがとれなくなる(2月13日の本欄参照)。

【早く「出口政策」に入れ】
 このように、日銀新執行部の前途は、容易ではない。旧執行部の「2%物価目標のオーバーシュート型コミットメント」にいつまでも拘泥せず、国債買入額の明示的縮小、目標長期金利の引上げ、マイナス金利政策の中止などの出口政策に早く入ってほしい。