2%の物価目標を廃止せよ(H29.9.17)
―『世界日報』2017年9月17日号“Viewpoint”(小見出し加筆)

【動き出す米欧の金融政策】
 金融政策が秋の陣を迎えた。米国の連邦準備制度理事会(FRB)は、量的緩和(QE)、ゼロ金利などの「非伝統的」金融政策を正常化する「出口政策」の最終段階に入ろうとしている。対国内総生産(GDP)比で3倍に膨れ上がった保有資産を圧縮し、将来の金利上昇時に発生する損失を小さくしようとしているのだ。欧州中央銀行(ECB)も4月から資産買入額を減らしているが(テイパリング)、次の一手は利上げではないかとみられている。日本銀行はどう動くであろうか。

【異次元金融緩和は失敗】
 2013年4月から始まった黒田総裁の異次元金融緩和は円高・株安の是正で当初一定の効果を挙げたが、マネタリーベースの供給を2年で2倍にし、消費者物価上昇率を2%にするという目標は空振りに終わった。マネタリーベースだけは無闇に増えているが、14年度の成長率は消費増税でマイナス0・5%に落ち込み、15~16年度も各1・3%にとどまった。15~16年の消費者物価の前年比上昇率(除く生鮮食品)は0%前後で、17年に入ってようやく0%台に上がってきた。

【外れたリフレ派の主張】
 リフレ派の主張は、①デフレは貨幣的現象であるからマネタリーベースをもっと大胆に増やせば簡単に克服できる②2%の物価目標に日銀が強くコミットすれば、人々はそれを信じて予想インフレ率は2%となるので、現実のインフレ率も2%になる―の二つであったが、これは見事に外れた。浜田宏一内閣官房参与は前言を翻し、「ゼロ金利下では量的緩和は効かないので、積極的財政政策が必要だ」(16年11月15日付日経紙)と言い出し、岩田規久男日銀副総裁は次々と2%の消費者物価上昇率(除く生鮮食品・消費税率引き上げの影響を調整)の予想を後ずれさせ、最近では2年後の19年度になると言っているらしい。実に実施から6年後だ。

【有効な政策効果は実質金利低下の効果】
 日銀エコノミストの研究成果である「日銀ワーキングペーパー」「日銀レビュー」「日銀リサーチラボ」などの実証研究を見ると、量的緩和の「ポートフォリオ・リバランス」効果を通じる実体経済への影響も、2%の物価上昇目標の予想インフレ率に対する影響も小さい。政策効果は、主として実質金利低下を通じる効果である。

【日銀の操作目標は量から金利に転換】
 昨年9月、日本銀行は操作目標をマネタリーベースの「量」から長短金利水準に改め、短期金利をマイナス0・1%、10年物長期金利をゼロ%程度とした。国債などの資産買入額の「量」はそれ自体が目標ではなく、長短金利水準の目標をコントロールする「手段」の地位に後退した。その後の推移を見ると、年間買入額は従来の80兆円から60兆円程度に減っているようだ。

【金利引き下げの効果でマクロ金融指標の増加率は高まっている】
 このような長短金利水準の引き下げを背景に、貸出金利と社債発行金利は一段と低下しており、国内銀行の貸出残高の前年比は、16年7~9月期のプラス2・7%から17年4~6月期にプラス3・9%へ、普通社債残高の前年比は同じ時期にプラス3・1%からプラス6・1%に高まった。これに伴いマネーストック(M3)の前年比も、同じ時期にプラス2・9%からプラス3・4%に高まっている。

【17年度の成長率も15~16年度より高まる見込み】
 このようなマクロ金融指標の増加率の高まりは、この間の経済成長を支えている。鉱工業生産の前年比は、この同じ時期にプラス0・4%からプラス5・8%に高まった。実質GDPの前年比も、同じ時期にプラス1・1%からプラス1・4%に高まった。15~16年度にプラス1・3%にとどまった成長率は、17年度にはプラス1・5%を超えそうである。

【日本経済は完全雇用の域へ】
 金融面、実体面の緩やかな加速は、ここへ来て労働需給を一段と逼迫させている。最新の完全失業率は2・8%まで低下したが、これはバブル末期のボトムである2・0%には及ばないものの、インフレもバブルもなく成長していたバブル期直前の86~87年と同水準である。バブル崩壊後今日までの25年間では、最低水準である。他方有効求人倍率は、7月に1・52倍と、バブル期のピーク(1・45倍)を上回ってしまった。日本経済は、完全雇用の域に入ったと判断してよい。

【2%の物価目標は存在意義を失った】
 日本銀行の金融政策の最終的政策目標は、物価上昇率を2%にすることではなく、成長を持続させ、完全雇用を維持し、国民生活を向上させることである。物価はこの最終目標に至る「中間目標」であり、いわば「手段」にすぎない。ところが、2%の中間目標に達していないにも拘らず最終目標は達成されたのであるから、この中間目標は無用である。浜田宏一参与も、「雇用がよければインフレ率は低くてもいい。場合によっては1%でもいい」(週刊『エコノミスト』17・8・29)と言い出した。

【2%の物価目標廃止、マイナス金利からゼロ金利へ】
 この秋以降日本銀行は、2%の物価目標を廃止し、現在の成長持続と完全雇用維持に見合った長短金利水準を中間目標と定め、国債などの資産買入額はその手段として柔軟に調整すべきである。恐らく短期金利はマイナス金利からゼロ金利に変え、長期金利はプラスの領域とするのが適切であろう。それが現在の成長と雇用に見合っているからだ。