金融政策転換の効果がジワリと出てきた――懸念材料はトランプ効果の失速(H29.4.17)
―『世界日報』2017年4月17日号“Viewpoint”(小見出し加筆)

【政府の言う53か月連続景気上昇は疑問】
 政府の景気基準日付によれば、日本の景気は、2012年11月に底を打って、今月まで53カ月上昇していることになる。これは、「いざなみ」景気(02年2月~08年2月)の73カ月、「いざなぎ」景気(65年11月~70年7月)の57カ月に次ぐ、戦後3番目に長い景気上昇局面ということになるのだが、国民にはおよそピンと来ないのではないか。何故なら、この52カ月の間に、14年4月の消費税率引き上げに伴う2四半期連続のマイナス成長があり、14年度はマイナス0・4%成長、反動増の15年度もプラス1・3%成長にすぎなかったからだ。

【昨年下期以降は回復の足取りが確りしてきた】
 しかしその後16年に入ると、下期から緩やかな中にも比較的確りした回復の足取りが見られるようになった。16年中の実質国内総生産(GDP)の前年比を見ると、1~3月期プラス0・4%、4~6月期プラス0・9%、7~9月期プラス1・1%、10~12月期プラス1・6%と次第に加速している。16年度の成長率は、政府見通し(プラス1・3%)や日銀政策委員の見通し(プラス1・2~1・5%)を十分に達成できるだろう。

【潜在成長率の低下から低成長下でも需給ギャップ縮小】
 これは決して高い成長率ではないが、生産年齢人口の減少と設備投資の長期停滞(昨年下期の設備投資の水準はようやく10年前の「いざなみ」景気のピーク水準に届いた程度)によって、潜在成長率が1%にも満たないほど低下していることを考えれば、まずまずと言えよう。その証拠には、低成長下でも需給ギャップがかなり縮小し、2・8%まで低下した完全失業率の下で、人手不足が深刻になっているからだ。国際原油市況の低迷から、消費者物価(生鮮食品を除く)の前年比は、16年3月から12月まで10カ月間マイナスの領域にあったが、本年1月と2月にはそれぞれプラス0・1%、プラス0・2%に戻った。原油市況の攪乱(かくらん)を除いた消費者物価(生鮮食品・エネルギーを除く)の前年比を見ると、13年6月から17年2月まで一貫してプラスの領域にある。

【2%の物価目標達成は無理】
 これで「デフレではない」状態に戻ったとしても、この先政府・日銀の目標であるプラス2%を超えることは、到底無理であろう。3月調査「日銀短観」における企業の物価見通し平均でも、1年後プラス0・7%、3年後プラス1・0%、5年後プラス1・1%である。これが日本における完全雇用下の「物価安定」の姿であり、プラス2%は日本では「マイルド・インフレ」である。

【経常黒字拡大が成長に寄与】
 「デフレではない」状態の下で生じた昨年下期以降の緩やかな成長の加速は、外需と内需の双方の立ち直りが原因として指摘できる。米国経済は、本年3月の3度目の利上げに続いて、年内にあと2~3回の利上げが予測される程景気上昇が底固い。欧州も景気の最悪期を脱し、量的緩和の縮小(テイパリング)に入っている。中国経済もこれ以上の悪化はないとすれば、本年の世界経済は好転しよう。その上、米国の金利底入れを背景に、大幅な円高は避けられそうだ。これらが日本の経常収支黒字の拡大をもたらし、「純輸出」は実質GDPの成長にプラスの寄与をしている。

【設備投資と家計消費も回復を下支え】
 他方、内需の緩やかな立ち直りは、設備投資と家計消費の双方に見られる。3月調査「日銀短観」の製造業・非製造業・金融機関の設備投資合計(ソフトウエア・研究開発を含み土地投資を除く)は、16年度の実績見込みが前年比プラス1・3%の増加となったのに続き、17年度は弱目に出る期初計画にもかかわらず同プラス1・9%と伸び率をやや高めている。また家計消費は、人手不足下の雇用・賃金の動きに支えられて、雇用者報酬が着実に伸びていることから、緩やかながら増加が続いている。

【昨年初めからのマイナス金利政策と9月からの量から金利への政策転換がジワリと効いてきた】
 以上の内外需の立ち直りの背景に、昨年1月の「マイナス金利」政策導入と9月の「量から金利への操作目標切り換え」の効果が、ジワリと効いていることに気付いている人は意外と少ないようだ。13年4月以来の「量的・質的金融緩和」(異次元金融緩和)の導入とその拡大にもかかわらず、ベースマネー急膨張の下で銀行貸出残高・マネーストックの伸びは高まらず、成長率と物価上昇率は低迷を続けた。昨年1~3月期の前年比でも銀行・信金貸出残高はプラス2・2%、マネーストック(M3)はプラス2・6%にすぎなかった。それが昨年中の貸出金利の低下と共に一貫して上昇し始め、最新の本年2月現在、それぞれプラス2・8%、プラス3・6%に達し、実体面の回復を支えている。

【トランプ効果の失速が企業の先行き感や株価に影を落とす】
 以上、最近の日本の景気回復を概観したが、一つ違和感があるのは、企業の先行き感がその割に好転せず、株価も冴(さ)えないことだ。その原因は国内にはなく、米国のトランプ効果失速による株価下落とドル安・円高、これに伴う日本の企業の先行き警戒感の強まりにあるように思われる。オバマケアの代替法案撤回に見られるような大統領と議会の力関係から見て、市場が景気対策として一番期待している大規模な減税やインフラ投資も、予算が議会を通らない恐れが強いと見られ始めている。そうなると、トランプ政策の中で実現しそうなのは、保護主義的な2国間交渉とならず者国家に対する武力攻撃だけとなり、世界にとっても、もちろん日本にとっても、先行きが心配だという話になってくる。