異次元金融緩和の効果を検証する(H27.7.9)
―『世界日報』2015年7月9日号“Viewpoint”(小見出し加筆)

 黒田東彦日銀総裁の異次元金融緩和の第一弾が打ち出されてから2年以上経ち、第二弾が打ち出されてから半年以上経った。そこで黒田総裁が期待している政策効果と、現実の経済の推移を対比してみよう。

【日銀が期待する異次元金融緩和の効果波及経路】
 黒田総裁の講演や、日本銀行の「経済・物価情勢の展望」などから判断すると、いま日本銀行が期待している政策効果の波及経路は、次のようになる。
 ①まず2%のインフレ目標に対する強く明確なコミットメントと、これを裏打ちする大金融緩和によって、人々の予想物価上昇率を引き上げる。
 ②償還期間の長い国債を含む巨額の長期国債の購入によって、イールド・カーブ全体に渡って名目金利を押し下げる。
 ③この①と②によって、名目金利から予想物価上昇率を差し引いた実質金利が押し下げられる。
 ④実質金利の低下は(イ)民間投資の刺激、(ロ)株価上昇の資産効果を通じる家計消費の刺激、(ハ)円安に伴う輸出数量の伸長、によって総需要を拡大し、GDP(国内総生産)ベースの需給ギャップを改善する。
 ⑤需給ギャップの改善は、予想物価上昇率の上昇と相まって現実の物価上昇率を押し上げる。
 ⑥現実の物価上昇率の上昇は、予想物価上昇率を更に押し上げ、②~⑤の効果が更に繰り返される。
 ⑦これらの過程で銀行がリスク性資産への選好を高め(リスク・オン)、マネタリーベースの供給増加に裏打ちされて、貸出残高・マネーストックが増加し、金融の量的側面からも総需要を拡大し需給ギャップを改善する(ポートフォリオ・リバランス効果)。

【予想物価上昇率は上昇】
 以上、①~⑦で期待されている効果が、この2年余りの日本経済の中で本当に見受けられるかどうか、検証してみよう。
 ①の予想物価上昇率は、アンケートによって差はあるが、エコノミスト(ECPフォーキャスト、7~11年度先)や市場参加者(QUICK調査、今後10年間)の回答では、13年第1四半期から15年第1四半期の間に0・4~0・5%ポイント上昇している。また日銀スタッフによるトレンドインフレ率(企業や家計が中長期的に実現すると予測しているインフレ率の平均的水準)の計測によっても、13年第1四半期から14年第4四半期の間に0・5%ポイント上昇している。

【実質金利も確かに低下】
 他方、②の長期国債市場利回りは低下しており、例えば10年物では13年第4四半期から15年第1四半期の間に0・3%ほど下落した。従ってこの試算では、③の実質金利低下は、0・7~0・8%ポイントとなる。この数値が正しいかどうかは別として、実質金利の低下は確かに起こっている。

【銀行貸出やマネーストックの前年比はほとんど高まっていない】
 問題は、この実質金利低下による④~⑥の効果や、⑦の効果が実際に起こっているかどうかである。
 順序を逆にして⑦の効果から検証すると、ポートフォリオ・リバランス効果で貸出やマネーストックの増加率が高まっているとは、言い難い。マネタリーベースは著増しているが、ほとんどは日銀当座預金に滞溜しており、銀行貸出やマネーストックの前年比は、この2年余り、2%台にとどまっているからだ。

【円安と株高はアベノミクスの前から始まった】
 ④の実質金利低下の総需要拡大効果はどうか。実績として、円安と株高が大きく進んだことは周知のことだが、その主因は実質金利の低下や、外貨と株式へのポートフォリオ・リバランスであろうか。
 今回の円安は、安倍首相がアベノミクスを打ち上げた12年12月や黒田総裁が異次元金融緩和を打ち出した13年4月より以前の12年中頃から起こっている。「ソブリン危機」がひとまず解決に向かい、世界の投資家がリスク・オンの態度に変わり、安全資産である円から離れた時である。株高もこの円安を切っ掛けとして始まった。

【円安と株高が続いているのは異次元金融緩和の効果】
 しかし、円安と株高がその後今日まで続いていることについては、異次元金融緩和の影響なしには考えられない。中央銀行資産の対名目GDP比率は、リーマン・ショック後米国とユーロ圏で急上昇したが、日本では金融危機が起きなかったので横這いであった。このため世界の投資家が、日銀の量的緩和の規模が小さいと見ていたが、異次元緩和後、日本の比率は急上昇して米・ユーロ圏の2倍以上となり、円安を促進している。

【円安は企業収益の好転に向かい輸出数量はあまり伸びていない】
 しかしこの円安は、企業収益を好転させたが輸出数量はあまり伸ばさず、設備投資を殆んど刺激していない。円の実効レートが4分の1以上減価したのに、企業は契約輸出物価を7%ほどしか下げず、円建輸出物価を20%近く上げて大儲けをしているからだ。

【実質金利低下の総需要拡大効果は小さい】
 株高の資産効果で増える筈の家計消費も、消費増税で現在まで減少している。
 実質金利の低下が総需要を刺激する動きは、投資と消費にはほとんど見当たらないし、輸出にも限定的にしか見当たらない。だから消費者物価上昇率も、消費増税の影響を除けば、ゼロ%台にとどまっているのである。