野田政権「経済復興」の課題―脱原発と増税時期にリスク (H23.10.12)
―『世界日報』2011年10月12日号“Viewpoint”(小見出し加筆)

【野田政権は財界との情報断絶、官僚の使い下手を修正できるか】
 野田新内閣は、鳩山・菅内閣に比べると、「改革」が後退して「保守化」し、「自民党に似てきた」ように見える。自民党内閣の経済財政諮問会議に相当する国家戦略会議に財界人の参加を増やそうとしていること、事務次官会議を復活したこと、民主党政調会長に政府案の承認権を与えたこと、などがその例だ。
 しかし、新しい事務次官会議は連絡会であって自民党内閣時代のように閣議提出案件の決定権を持つ訳ではないし、財界が与党政調会に陳情して政官業癒着の中で与党案が決まり、それが政府案となる訳でもないので(陳情は幹事長室に一本化)、自民党時代よりは政治主導が保たれていると言えるかも知れない。これで民主党政権の欠陥であった財界との情報断絶、官僚の使い下手が修正されることを期待したい。

【脱原発と増税時期に大きなリスク】
 最大の変化は、「改革」政権という言葉が消え、大震災からの「復旧・復興」、原発事故の収束、経済危機への対応を最大の使命とする「復興」政権に変わったことだろう。
 マクロ経済運営の視点から見ると、野田首相のスタンスには二つの心配(リスク)がある。「脱原発」と「増税」時期である。
 野田首相が就任時に、老朽化した原発は廃止し、新しい原発は作らず、可能な限り原発への依存度を引き下げて、「脱原発」を実現すると述べた。これは、安全性の高い新しい型の原発の研究や開発もせず、世界の最高水準に並んでいる日本の原発技術を捨て去ることを意味するとも取れた。

【脱原発の態度を微修正したのか】
 しかし、その後、米ウォール・ストリート・ジャーナル紙とのインタビュー(9月20日)や国連演説(同22日)では、「脱原発」や「原発依存度引き下げ」という言葉が消え、安全停止中の原発は今後も再稼働していくし、「原子力利用を模索する国々の関心に応える」と述べた。これは以下の三つの点で、極めて適切な態度修正である。
 第一に、新しい原発を作らないで原発依存度を下げていくと、その穴は再生可能エネルギーの開発では到底埋まらないから、火力発電を増やさざるを得ず、エネルギー源の海外依存度が高まり、また地球温暖化対策とも矛盾することになる。
 第二に、そのような状況下では長期にわたって電力不足基調が続き、夏冬の電力需要ピーク時の電力使用制限によって、内閣の最大の使命である経済の復興、発展が今夏のように妨げられる(9月13日付本欄参照)。
 第三に、安全性の高い新しい型の原発の研究と開発を放棄することによって、世界最高水準の技術に裏付けられた原発を新興国・資源国へ輸出する大きな機会が失われる。

【「財政再建なくして経済成長なし」は必ずしも正しくない】
 野田首相の当初の姿勢に見られたもう一つのマクロ経済運営上のリスクは「増税」である。野田首相は「経済成長なくして財政再建なし」「財政再建なくして経済成長なし」と述べて、直ちに財政再建のための「増税」に取り組む姿勢を見せている。
 しかし、「経済成長なくして財政再建なし」は、いつの時代にも通用する真理であるが、その逆は必ずしも真理ではない。経済の復興、成長が自律的な軌道に乗らないうちに財政再建(=財政赤字減らし)のための増税をすれば、そのデフレ効果で復興、成長の芽を潰すからである。
 日本は1997年度に13兆円の赤字縮小予算を執行して痛い目にあった。97年度はゼロ成長、98年度はマイナス成長となり、金融危機が発生した。この時から日本経済のデフレが始まり、成長率は先進国で最低となり、先進国並みであった政府債務残高対GDP比率は急上昇して、先進国中の最高となった。

【「財政規律」の確立が大切】
 野田首相は、「経済成長なくして財政再建なし」に続いて、正しくは「財政規律なくして経済成長なし」と言うべきである。「財政再建」と「財政規律」は違う。「財政再建」とは、経済状況にお構いなしに、財政赤字削減予算を執行することである。他方、「財政規律」とは、財政赤字を放置しないで中長期的に減らすという「規律(ディシィプリン)」である。
 「2010年代中頃までに消費税率の5%引き上げを段階的に行って高齢化に伴う社会保障支出の拡大に備える」とか、「復興債は経済状況を見ながら政府資産売却と時限的増税で償還する」と決めるのが、「財政規律」である。市場は、来年度から遮二無二増税して経済成長を阻害する「財政再建」よりも、経済状況を見て増税するルールを決める「財政規律」の方を好感するに違いない。

【経済復興を最優先にして原発再稼働と増税時期を考えよ】
 野田内閣と民主党は、その辺のことが分かっているのか、微妙に修正を始めたようにも見える。財政再建至上主義者は、来年度からの所得税増税と消費税率の段階的引き上げを主張するかも知れないが、日本経済が自律回復の軌道に乗る来年度いっぱいは、ルールだけ決めて様子を見るのが賢い態度である。
 野田首相は、経済の復興を最大の使命としているのであるから、原発再稼働と増税時期もその観点から考えて欲しい。