長期ビジョンに立った景気対策を (H21.5.12)
―本年度補正予算の問題点(『世界日報』2009年5月12日号“Viewpoint”小見出し加筆)

【支出規模は大きいが問題は中身】
 政府は、14.7兆円に上る過去最大の財政支出の追加を決め、平成21年度補正予算案として国会に提出した。
 既に平成20年度の第一次、第二次補正予算と平成21年度当初予算の中で、政府は11.3兆円の財出支出(真水)を景気対策として用意したので、今回の追加支出を加えると、合計26兆円となる。これは平成20年の名目GDPの5.1%に相当する。
 オバマ大統領が景気対策法で用意した2年間7870億jは、2008年の名目GDPの5.5%に当たるので、日本政府も規模においては米国政府と遜色のない財政支出を実施する構えである。
 野党第一党の民主党は、この平成21年度補正予算案に反対し、早急に衆議院を解散して総選挙を実施することを求めている。それによって、政権交代を実現し、今後2年間に景気対策として20兆円の財政支出を行うことを、総選挙のマニフェストで公約するとしている。
 財政支出の規模に関する限り、与野党ともかなり大きいが、問題はその中身である。

【巨額のツケを次世代に回す以上、次世代にも役立つビジョンに立った支出を】
 既に21年度当初予算で33兆円の国債発行を決めた上に、更に15〜20兆円の財政支出を追加するのであるから、埋蔵金を崩したり無駄の排除を行ったとしても、10兆円前後の国債発行追加は免れない。現に政府は、21年度補正予算案で10.8兆円の国債発行を予定している。これが成立すると、本年度の国債発行額は44.1兆円と史上初の40兆円台に乗る。近年の国債発行額は平成16年度の35.5兆円をピークに、平成19年度の25.4兆円まで縮小していたが、それが一挙に40兆円台に乗るのである。
 このような巨額のツケを次世代に回した上で実施する財政支出であるから、その中身は次世代のためにもなる長期ビジョンに立った支出でなければならない。

【「一時的」支出を指示した麻生首相】
 ところが、麻生首相は21年度補正予算に盛り込む追加経済対策の検討に際して、三つの“T”を指示したと伝えられる。それは、target(目標を明確に)、timely(時宜に適う)、temporary(一時的)の三つである。始めの二つは当然のことであるが、三つ目の「一時的」とはどういうことか。伝えられるところでは、巨額の国債発行を伴う財政支出の中身は一時的な支出にとどめ、将来は支出を中止して国債発行を縮小できるようにせよ、という意味のようだ。
 そう思って本年度補正予算の中身を見ると、「今年度に限り、3〜5歳の子供一人当たり三万六千円を支給」「時限的に、住宅取得のための贈与税を軽減」などという「一時的」支出が目玉政策で並んでいる。平成20年度の補正予算に盛り込まれ、いま実施が始まった「定額給付金」も、本年度限りの一時的な支出だ。これらの政策は、今の世代に一時的に税金をバラ撒き、そのツケを次世代に回す無責任な政策と言われても仕方がない。

【日本の将来像と無関係な支出や矛盾する支出は不適切】
 正しい政策は、将来の日本の国家像、社会像を国民に示し、それらの将来像を実現するための長期の財政支出計画の前倒しとして、景気対策を実施することである。日本の将来像と無関係な支出、更には逆方向を向いた支出を、まるで選挙対策の買収のようにバラ撒くのは、最も好ましくない。
 定額給付金を所得水準に関係なく今年だけ全国民にバラ撒き、消費税率の引き上げによる2年後の穴埋めを口にするのも、不適切な政策の典型である。全国民一律の支給(一律の逆所得税)は、累進所得税制のビジョンと矛盾するし、低所得層に厚く支給しないので政策効果も薄い。余裕のある層は、消費税率引き上げに備えて貯蓄するかもしれない。世論調査で国民の多数が定額給付金に反対するのも、もっともなことだ。
 時限的な贈与税減税も、金持ち優遇税制で、税制のビジョンと矛盾する。機会均等を大切に考える日本社会の将来像から考えると、贈与税や相続税の減税は逆方向を向いている。

【与野党は目指すべき将来像を明確に示して総選挙を戦え】
 3〜5歳の子供に一人当たり三万五千円を支給する案も、実施するなら出産・子育て・教育の支援や育児と勤労の両立を図る「安心・安全」の長期計画の中に位置付け、その一部前倒しとして今後毎年支給すべきである。
 本年度補正予算案には、省エネ家電の購入補助、低燃費車の買い替え補助、太陽光発電の普及促進などの政策も含まれている。これ等についても、将来の低炭素社会を目指して、どのような目標を掲げ、どのようにして省エネ・環境対策を実施していくかという長期エコ・ビジョンの一環として、その一部を前倒しして実施するのが望ましい。決して、景気が回復するまでの一時的措置にとどめてはならない。
 与野党共に、日本の目指すべき将来像を明確に国民に示し、景気対策はその前倒し執行であることを明らかにして、総選挙を戦うことを、国民は望んでいると思う。