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関税引上げとドル安誘導 (『金融財政ビジネス』2025.8.21日号、小見出し加筆)
【関税引き上げの次に来るドル安、円高誘導の可能性】
トランプ関税実施前の米国への駆け込み輸出で米国内の在庫が積み上がったが、これが尽き始め、高関税で値上がりした輸入品や高関税に守られた高値国産品の流通で米国内の物価上昇が始まっている。これに伴い実質需要減退(スタグフレーション)の兆しも出てくると、朝令暮改のトランプ政権は貿易赤字対策の見直しを始めるかもしれない。米国の貿易赤字の真の原因は米国の先端産業への海外からの投資と基軸通貨ドルへのニーズで巨額の国際資本が流入し、ドル高となっているためである(前回5月26日のこの欄参照)。
【日本は「プラザ合意後」の大失敗を繰り返してはならない】
トランプ政権の矛先が関税引き上げからドル高是正に向かってくると、日本に対しては金利引き上げとドル売介入の要請となることが考えられる。しかし日本は、1985年の「プラザ合意」後の大失敗を再び繰り返してはならない。あの時は、プラザ合意の頃の円高に伴う輸入物価の大幅下落で、国内物価は上昇しなかった。しかし利下げとドル買介入(量的緩和)で市中金融は超緩和となり、値上がりを続ける不動産さえ担保にすれば、資金はいくらでも借りられた。このためマネーストックは急増し、土地・株式・ビルディングなどの資産投資拡大と資産価格の急上昇が進んだ。このような資産バブルを伴う景気過熱を前にして、利上げなどの引き締め政策に転じる筈の日本銀行は、米国の利下げ要請で動けず、巷には「永久低金利の神話」が広がった。
【日本はバランスシート・リセッションで「失われた30年」へ】
この時、同じような状況に直面した西独は、ドル相場の落ち着きを見計らって、88年7月から89年6月まで、0.5%刻みで5回公定歩合を引き上げ、超低金利の2.5%を5.0%に戻してバブル発生を防いだ。ひとり日本だけが取り残され、超低金利の公定歩合2.5%を89年5月まで、西独利上げ後2年3か月間も放置し、バブル景気を過熱させた。その挙句に利上げに転じると、資産バブルの崩壊で企業のバランスシートの資産側は減価し、一斉に負債超過に陥り、倒産が相次いだ。負債超過の企業に対する貸出は不良債権となり、金融機関の倒産も起こった。これがバランスシート・リセッションである。企業は収益立て直し=固定費圧縮を目指し、外部負債コスト圧縮(資金調達抑制)、減価償却費圧縮(投資抑制)、人件費圧縮(雇用・賃金抑制)に走り、マクロ経済は投資・雇用・賃上げの沈滞で失われた30年となった。
【今回は米国の貿易収支赤字に占める日本の割合は低い】
今回トランプ政権がもしドル安誘導政策に重点を移し、日本に対して利上げ促進とドル売介入(量的引き締め)を求めてきた場合、今度は絶対に受け入れてはならない。ようやく失われた30年から抜け出した日本経済に、冷水を浴びせることになるからだ。
米国の「核の傘」で守られている日本としては、理を尽くして米国を説得する以外に道はないが、その場合ポイントは二つある。プラザ合意の頃は、米国の貿易赤字の主な相手は、日本と西独であった。しかし24年の米国貿易赤字(1兆2117億ドル)の相手国・地域を見ると、中国(2954億ドル)が最大で、全体の24.4%を占める。続いてメキシコ、ベトナムなどで、日本は7番目の685億ドル(全体の5.7%)である。従って、ドル対円の為替相場をドル安円高に動かしても、その米国貿易赤字全体に対する影響は知れている。
【米国と協力して国際通貨体制の変革を考えよ】
もう一つのポイントは、ドル高の主因は米国への国際資本流入が巨額であるためで、米国の貿易赤字はむしろその結果であることを説いて、対策を一緒に検討する態度をとることであろう。日本は今からでもドルを基軸通貨とする国際通貨体制の変革(トリフィンのジレンマの対策)を、米国と協力して考える覚悟が必要だろう。