トランプ関税とトリプル安リスク (『金融財政ビジネス』2025.5.26日号、小見出し加筆)
米国の巨額貿易赤字とその対策の歴史を振り返り、トランプ大統領の大幅関税引き上げのリスクを考えてみたい。
【固定為替制度から変動為替制度へ】
世界経済ブロック化後の第2次世界大戦突入の苦い経験に鑑み、戦勝国は米国中心に世界統一ルールとして、IMF体制(米ドルを金為替とする固定為替制度)とGATT(貿易と関税に関する一般協定)を創った。この体制は戦後四半世紀程はうまく機能したが、壊滅状態から復興した日本・西独の生産性向上テンポは速く、固定為替制度下での両国の貿易黒字累積額は、米国の金兌換能力を超えた。71年8月、米国は一方的に金兌換を停止し、、12月に米ドルを切り下げる形で主要国の為替レート調整を行った(スミソニアン合意)。それでも貿易収支の不均衡は改まらず、73年2月に主要国は変動為替相場制に移行した。
【日・西独の貿易黒字と米の貿易赤字が持続】
その年の秋に第1次石油ショック、75年に第2次石油ショックが発生、主要国は一斉にトリレンマ(貿易収支赤字、国内インフレ、景気後退)に陥った。日・米・西独はいち早くインフレと不況を克服したが、三者の間では日・西独の貿易黒字、米の貿易赤字が残った。
【国際資本移動の自由化】
米国はこの貿易構造を是正するため、80年に国際資本移動の自由化を提唱し、日、西独への資本流入を促して円・マルク高を促進しようとした。特に日本とは「日米円ドル委員会」(83年)を設けて、金融資本市場の自由化を強く迫った。日本の金融自由化は進み、米英並みの金融資本市場が整ってきたが、それによって日本への国際資本流入が増えて円高が進むことはなかった。
【ドル安を目指すG5の「プラザ合意」】
85年9月、米国はG5会議に各国のドル売協調介入と米国高・日欧安の金利差縮小を提唱し、決まった(プラザ合意)。これに伴い日欧の金利引き下げよりも早いテンポの米国の利下げが進み、ドル売協調介入もあって、ドル安は進み、とくに87年初にかけてドル安のテンポが速まった。このため87年2月にドル安を打ち止めにする「ルーブル合意」が結ばれた。
【対米協調を国内均衡に優先させた日本の失政】
それでもドル安は止まらず、資金が一斉に米国から海外に逃避し、ドル安、債券安(金利急騰)、株安の「トリプル安」が発生した。日本は国内景気が回復し始めていたにも拘らず、一層の利下げとドル買介入(金融の量的緩和)を余儀なくされ、資産バブルの発生と崩壊→バランスシート・リセッション→大金融危機→失われた30年と続いた。反面、米国は立ち直った。
【米国の資本流入増大と貿易赤字拡大】
米国が先導した80年代からの資本移動自由化によって、21世紀の先端産業(ITテク、航空・宇宙、金融、大学教育など)が育つ米国への資本流入は大きくなり、反面でドル高となって古い輸出産業(ラストベルトの鉄鋼、造船など)は衰退、貿易赤字の拡大は進んだ。80年代から2023年までの累積貿易赤字はGDPの153%、42兆ドルに達しているが、それを上回る国際資本流入の累積があった。その資金の一部は短期のキャリー取引で流動性の高い株式、国債、民間債に投じられている。
【関税引き上げは貿易赤字縮小効果はなく、インフレと成長減速でトリプル安を招く】
トランプ大統領は、ラストベルトの衰退産業で働いてきた白人労働者の不満を汲み上げて当選したので、輸入関税を大幅に引き上げて米国の衰退産業の競争力を回復しようと考えている。
しかし米国の貿易赤字は、それを上回る巨額の国際資本流入に伴うドル高によるものであり、関税を大幅に引き上げても貿易赤字縮小の効果は無く、むしろ国内インフレと成長減速で経済の衰退を招き、国債市場、株式市場、為替市場など流動性の高い三つの市場から資金が、一斉に海外に逃避する大規模な「トリプル安」を招く危険性がある。