2%の物価目標達成だけではダメ (『金融財政ビジネス』2023.9.21日号、小見出し加筆)

【政府・日銀本年度の消費者物価上昇率見通しを2%超に上方修正】
 政府と日銀は、本年度の消費者物価(除、生鮮食品)の上昇率見通しを、物価目標の2%を超えて、夫々2・4%、2・5%に上方修正した。円ベースの輸入物価前年比は、昨年7月の49・2%をピークに低下に転じ、本年7月にはマイナス14・1%まで下がり、世界インフレと円安に伴う輸入コストプッシュは急激に減衰している。国内物価への転嫁が一部で遅れているとしても、輸入コストプッシュがいまの物価上昇率上振れの主因である筈はない。

【原因は輸入インフレの国産インフレ転化】
 本年度の国内物価上昇率の見通しを上方修正した原因は、輸入インフレの下で日本独特の適合的期待が働き、国内の期待物価上昇率と賃金上昇率が高まり、企業の販売価格引き上げの態度が積極的になったからだ。これを反映し、フィリップス曲線(日銀の7月「展望レポート」図表46)は22年第1四半期から23年第2四半期まで垂直に立っている。生鮮食品のほか、輸入インフレの中心であるエネルギーを除いたコアコアCPIの前年比は、本年4月から7月まで4%台で強含んでいる。

【同じことは第2次石油ショック後の「弱い国」で起こった】
 このような輸入インフレの国産インフレ転化は、第2次石油ショックの後、トリレンマに陥った西欧諸国でも起こった。景気後退が進むのを恐れ、輸入インフレと貿易収支悪化に対して強い金融引き締めを行わなかった国は、輸入インフレが国産インフレに転化し、トリレンマから脱することが出来なかった。他方、強い金融引き締めでインフレと貿易収支悪化を克服した後、金融緩和で景気回復を図った日、米、西独はトリレンマを脱した。後者の「強い国」が前者の「弱い国」を引っ張れという「機関車論」が流行ったのはこの後だ。

【MITで若き日の植田総裁に会う】
 その頃筆者は、旧知のMITモジリアニ、S・フィッシャー両教授を訪ね、この問題を議論したことがある。その折、日本人の優秀な留学生がいるので議論を聞かせたいと言って両教授が室に呼び入れたのが、若き日の植田日銀総裁であった。「強い国」と「弱い国」の違いの背景にある自然利子率、潜在成長率の差が話題となった。

【日銀はフィリップ曲線が垂直に立つ姿を想定】
 いま日銀も「これまでの物価上昇率の高まりが中期的な予想物価上昇率の上昇をもたらしており、企業の賃金・価格の設定行動には変化の兆しが見られる」「予想物価上昇率が緩やかに上昇していくことで、賃金の上昇を伴う形で、物価の持続的な上昇につながっていく」(前揚「展望レポート」)と考えているようだ。始めに述べた本年度の物価上昇率見通しの2%超えへの修正は、輸入インフレが国産インフレに転化し、フィリップス曲線が垂直に立つ姿を想定しているようだ。

【日本経済の姿はかつての「弱い国」と同じで国民は不幸】
 しかし、日銀政策委員の成長率見通しが、23年度1・3%、24年度1・2%、25年度1・0%と低成長のままで、このように賃金と物価の上昇率だけが高まる姿は、かつての「弱い国」と同じで、国民生活は不幸だ。賃金・物価と共に成長率も高まる右肩上がりのフィリップス曲線になって初めて国民は幸せになる。

【2%物価目標達成と同時に成長率を高めなければダメ】
 それには政府・日銀の「共同声明」にあるように、政府は経済構造改革を推進し、全要素生産性上昇率、潜在成長率を高める努力が必要だ。企業も投資・雇用・債務に係る固定費を圧縮して損益分岐点を下げ、内部留保を溜める守りの経営から、新事業でイノベーションに打って出る果敢な起業家精神を発揮する経営に転じて欲しい。これらが伴わない限り、2%の物価目標達成は、みじめなスタグフレーションへの道となろう。日銀は政策転換が後手に回るリスクに十分気を付けてほしい。