金融政策の構造を転換せよ (『金融財政ビジネス』2019.5.16日号)
量的金融緩和の総需要拡大効果を維持しながら、副作用の銀行収益圧迫や市場機能低下などを和らげる方法はないか。これが、日銀が今直面している難題である。
4月25日の政策決定会合でも、2020年春ごろまでは現在の長短金利の水準を維持する、と述べる一方、市場機能の回復に向け、諸施策を打ち出しだが、この程度のことで難題が解決するであろうか。もっと根本的に、今の政策構造を考え直してみる必要があるのではないか。
現在のマイナス金利政策の下では、マネタリーベース保有の機会費用がマイナス(損)ではなくプラス(益)になっているので、マネタリーベースへの選好が強まり、巨額のマネタリーベースが民間に溜っているが、これが十分な拡張効果を発揮せず、遊休残高となっている。他方では貸出・有価証券投資の選好とマネーストックの供給が弱まり、両者の増加率は低迷したままで、総需要の拡張効果は薄い。
この政策構造を改めるべきではないか。それには、コールレートを0〜0・5%程度のプラスに引上げてマネタリーベース保有の機会費用をマイナス(損)に戻し、0〜1%程度のプラスの領域で右上がりのイールドカーブを保てばよい。マネタリーベースへの選好は弱まり、貸出・有価証券投資の選好は強まってマネーストックの増加率は高まり、総需要の拡張効果は強まるだろう。プラスの領域の右上がりのイールドカーブの下、銀行収益への圧迫は弱まり、利上げ誘導に伴う日銀買オペの縮小は市場機能の回復を促すであろう。
この場合、0〜1%程度の領域への長短金利引上げは何がしかの総需要抑制効果を伴うかもしれないが、これと貸出・有価証券投資やマネーストックの増加率上昇の総需要拡大効果のどちらが大きいかが問題となろう。支出の金利弾力性が著しく低下している現状では、両者に大きな差はないのではないだろうか。
またこれを心配して何もせず、現状のような長期持久戦を続けていると、資産バブルの膨張、銀行経営の悪化、市場機能の劣化などが一層進むリスクがある。4月17日に公表された日本銀行の『金融システムリポート』によると、銀行の不動産向け貸出は、この4年間に急増し、バブル期並みの「過熱」状態に達しているという。また全国銀行協会会長も3月14日の記者会見において、個人的な考えと断った上で、2%の物価目標政策を痛烈に批判し、マイナス金利政策の弊害を明確に指摘している。
足許の日本経済では、1%弱の物価上昇率の下で1%強の成長が持続している。他方潜在成長率は1%弱なので、マクロ経済の需給は徐々に引き締まり、完全失業率は2・3%まで下がって完全雇用の状態にある。生産年齢人口は減っているが、女性と高齢者の労働力化率が高まって就業者が増加し、賃金はあまり上がっていないのに雇用者報酬全体は増加し、家計消費は拡大している。国民の経済的福祉拡大という最終目標は実現しており、中間目標である2%の物価目標は無用の長物となっている。いまは物価を心配するよりも、将来のリスクを心配する時ではないだろうか。
日本銀行の推計によると、13年以降のアベノミクスの下で、TFP(全要素生産性)の増加率は、年率0・9%から0・1%へ大きく低下した。大切なことはこの下がり続けている全要素生産性の上昇率を、再び高める技術革新の振興である。それには財政・金融・科学技術を含む総合的な構造改革が必要であり、これ迄のような量的金融緩和と財政再建の組み合わせでは何の役にも立たない。