財政再建の「狼と少年」 (『金融財政』2006.7.3号)

 政府の「骨太の方針」に盛り込む歳入歳出一体改革の姿が、かなりはっきりしてきた。5年後の11年度にプライマリーバランスを黒字化するのに必要な財源は16兆5千億円程度、そのうち歳出削減で賄う額を11.5兆〜14.5兆円、消費税率引上げを中心とする増税で賄う額を5兆〜2兆円(消費税率換算2〜1%)とする方向で調整中のようだ。
 日本の政府債務残高対GDP比率は、「粗」比率で160%、「純」比率で82%(OECD推計)といずれも米国やユーロ地域を大幅に上回っている。このままプライマリーバランスの赤字を続ければ、この比率はまだどんどん上昇する。その結果、予算の対GDP比率を引上げない限り(現実には無理)、予算中の国債費のウェイトが膨張して政策経費が圧迫される。プライマリーバランスを黒字化してこの比率を引下げ、いわゆる「財政再建」を行なわなければ、予算を使う総ての日本の政策が行詰ってしまう。財政再建は待ったなしだ。
 この理屈にいま反対する人は少ないだろう。しかし、同じ理屈はいまから9年前、橋本内閣が97年度の超緊縮予算を提出した時にも使われた。01年に発足した小泉内閣が、公共事業費を中心に、毎年歳出規模を縮小する際にも使われた。しかし結果はどうなったか。
 橋本内閣が超緊縮予算案を決めた96年当時、この比率は、「粗」比率ではカナダやイタリアより低く、OECD加盟国平均とあまり変わらなかった。「純」比率では欧米主要国を下回り、加盟国平均の半分程度であった。財政危機は存在しなかったのだ。それが、7兆円増税、2兆円社会保障負担増加、4兆円公共事業削減の97年度予算によって日本経済がデフレのドロ沼に突き落とされたため、税収は激減し、景気対策で歳出は膨らみ、01年頃には「粗」比率も「純」比率も、加盟国中最高になった。
 その時発足した小泉内閣は、また橋本内閣と同じ理屈を使って、緊縮財政を強行した。日本経済のデフレは続き、税収は減り続けた。その結果、いまでは「粗」比率は加盟国平均の2倍以上でずば抜けて高く、「純」比率も平均を7割上回っている。
 本当に財政再建は待った無しの所に来てしまった。狼と少年のように、嘘をついて危機感をあおるうちに、本当の危機が来てしまったのである。橋本内閣や小泉内閣をたきつけた財務官僚達は、いまどんな気持ちでいるのだろう。
 では、橋本内閣や小泉内閣の失敗を繰り返さないで歳入歳出一体改革をやるには、どうしたら良いか。
 大切なことは、成長率を下げ、税収を落とすような歳出削減や増税はするな、ということである。いま検討されているように、闇雲に公共事業費、人件費、社会保障費、地方交付税を切ったのでは、デフレ効果ばかりが残る。そうではなくて、日本経済の効率を高め、成長率を上げる歳出削減、例えば思い切った規制撤廃と権限の地方移譲で民間と地域の投資機会を増やし、反面規制や地方支配の中央官僚組織と人員を削減するとか、民間で出来る仕事をしている特別会計、公益法人、特殊法人、独立行政法人などを廃止、あるいは完全民営化して補助金を削減するとかが考えられる。
 いずれも官僚が抵抗するであろうが、中央官僚の無駄な仕事を取り上げて民間や地域の投資機会を増やす以外に成長率を上げる歳出削減はない。消費税引上げの場合も、毎年1%ずつ引上げて消費を誘う配慮が必要であろう。