三つの過剰解消の意味 (『金融財政』2006.1.23号)

   日本経済を年率平均一%程度の成長に押しとどめていた最大の要因は企業の過剰雇用、過剰設備(過大な不動産保有を含む)、過剰債務であったが、昨年は遂にこれが解消した。
   三つの過剰は、少なくとも四つの面から一〇年余にわたって日本経済の成長を抑えていた。
   第一に供給面では、過剰な設備と雇用が経済の効率を低下させ、全要素生産性の増加率を引下げて潜在成長率を低下させた。
   第二に需要面では、過剰な設備と雇用が設備投資と新規雇用(従って勤労所得と個人消費の増加)を抑え、国内民間需要の増加率を引下げた。
   第三に企業は、収益の回復を過剰な設備の償却、不要な不動産の損切り売り、過大な債務の返済に振り向け、前向きの新規設備投資や雇用の増加に使わなかったので、拡張的財政政策の乗数効果が小さくなり、政策の有効性が低下した。
   第四に銀行は、収益と自己資本を不良債権の償却に振り向け、しかもBIS規制上の自己資本比率と収益性を出来る限り維持しようとしたために、貸し渋り、貸しはがしに走り、金融政策(ゼロ金利、量的緩和)の有効性を著しく低下させた。
   四つの面から成長を制約してきた三つの過剰が解消し、昨年は外需(純輸出)と公共投資が減少する下で、民間の設備投資と消費支出に主導されて年率四%弱(瞬間同速)の成長が実現した。
   本年を展望しても、設備投資計画が〇五年度下期に大きく上方修正されて〇六年度にずれ込む上、設備の不足感も続くと見られるので、設備投資の比較的大きな伸びが期待される。
   また、九七年頃をヒピークに下落傾向を続けていた雇用者報酬が、名目値でみても実質値でみても、昨年から上昇傾向に転じているので、本年の民間消費支出を支える勤労者所得は、緩やかに上昇すると見られる。これは三つの過剰の解消によって、企業収益の回復が雇用増加と賃金上昇に向かい始めたからである。本年の春闘は、業績好転企業を中心に久方振りに若干のベースアップが実現しよう。
   一〇年以上にわたって日本経済を停滞させた三つの過剰は、日本経済の長期循環(コンドラチェフ型の長期波動)のピークで発生し、その低下局面を形成した要因と考えることも出来る。従ってその解消は、日本経済の長期上昇局面が始まったことを意味するかも知れない。
   昨年一一月一七日付のBANCO「日本経済の長期循環」で述べたように、三つの過剰の発生は、基本的には日本型システム(官による民の指導、中央による地方支配という公的システムと閉ざされた仲良しクラブ型のビジネスモデル)が時代に合わなくなったことによって起こった。
   このうちビジネスモデルの転換は、民間の努力によって実現し、三つの過剰は解消した。しかし公的システムの転換はこれからの政治課題であり、これに成功しなければ折角転換した民間経済にも勢いが無くなり、いつまた新しい成長制約要因が生まれてくるか分からない。
   その意味で、長期循環は歴史的転換を自覚した政策努力に懸かる面が大きい。衆議院で三分の二を占めた自公政権にそれが出来るのか、小泉改革と本年九月以降の後継者の政策は、本当に政官業癒着のしがらみを断って公的システムを変える事ができるのか、国民は確りと見て行かなければならない。