民主党には成長戦略がある(H21.8.11)


【民主党のマニフェストには成長戦略が含まれている】
 総選挙を控えて発表された民主党の政策の中に、「成長戦略」が欠けているという批判が、マスコミの論調にしばしば見られる。8月9日(日)に21世紀臨調が主催した9団体の公約検証大会でも、「チーム・ポリシーウォッチ」(代表・竹中平蔵)が民主党のシナリオや成長戦略には「マクロ経済のシナリオや成長戦略がまったくないのは致命的だ」などと強く批判した。
 しかし、私の見るところでは、民主党のマニフェストには「成長戦略」が含まれている。ただ、それを明示的に取り出して、マクロ経済のシナリオや成長戦略として取りまとめていないだけだ。
 従って、民主党は成長戦略に関する新しい政策を追加する必要はまったくないと思う。必要なら、成長戦略に係わる部分を明示的に取り出して、整理すればよい。

【民主党の財政政策は自民党予算の組み替え】
 09年度の補正後の予算は、国債発行44兆円を伴う景気刺激的な拡張的予算である。
 民主党のマニフェストによれば、この大きな歳出規模を前提に、同じ規模の中で16.8兆円の予算組み替えをすると言っている。
 組み替えで減らされる歳出や増やされる歳入は、経済効率の低いダムや道路建設などのストップ、無駄な仕事をしている官僚OBの天下り先法人への補助金カット、09年度補正予算で乱立した基金と特別会計の運用益積み立て(いわゆる「埋蔵金」)の取り崩し、効果の乏しい租税特別措置の廃止、所得税の配偶者控除、扶養控除の廃止などである。
 これで浮かした16.8兆円を、@安心して子育てと教育ができる政策(子供手当、出産一時金、高校教育無償化など)、A地域を再生させる政策(国のひも付き補助金を地方の自主財源に転換、ガソリン税等の暫定税率廃止、地方高速道路無料化など)、などの歳出拡大や歳入減少に当てるとしている。

【民主党の予算組み替えは経済に対して拡張的効果を持つ】
 要するに、民主党と自民党は、当面予算規模は同じで、歳出・歳入の構成が16.8兆円異なるのであるから、どちらの方がマクロ経済に対する拡張的効果が大きいかは、組み替えられた歳出、歳入の内容から判定することが出来る。
 民主党が切るのは効率の悪い公共投資、無駄な補助金、効果の乏しい租税特別措置などであり、活用するのは使われないで眠っている埋蔵金である。
 これをA地域を再生する政策に回せば、同じ規模の財政資金でも経済に対する拡張効果は大きくなる。
 また、所得税の配偶者控除、扶養控除の廃止で増える歳入は、出産一時金、子育て手当、高校教育無償化など@安心して子育てと教育の出来る政策に回る。配偶者を扶養している家計や子供のいない家計から、共働きの家計や子供のいる家計への所得再分配である。一般的に言って、前者の方が一人当たり所得水準が高く(消費性向が低く)、後者の方が一人当たり所得水準が低い(消費性向が高い)ことを考えれば、この所得再分配の効果は全体の消費性向を高め、家計消費を拡大する効果がある。

【民主党は国民生活を改善し、内需から企業活動を活発化させる戦略】
 以上のように、財政規模は同じでも、組み替え後の民主党の予算の方が経済の拡張的効果は大きくなる。
 これを整理すれば、民主党は予算の規模は同じまま、歳出、歳入の構成を替えることによって、@家計の可処分所得を増やし、A家計全体の消費性向を高め、B経済活動の輸送コスト引き下げなどで地域の家計と企業を活性化し、全体として国内需要から企業活動を立て直し、経済成長を軌道に乗せる戦略である。
 これを自民党の経済戦略と対比すれば、民主党は輸出よりも国内需要から、大都市に多い輸出関連産業よりも地域に広く存在する内需関連産業から、企業活動よりも国民生活から、経済を立て直す戦略である。
 自公政権下の戦後最長景気の中で、いくら輸出を伸ばし、企業収益を高めても、国民生活と雇用者報酬は改善しなかった。この轍を踏まずに、民主党政権の下では、国民生活の改善で内需を伸ばし、企業活動を活発化させる戦略が行われようとしているのである。

【民主党のマニフェストを実行すれば22年度以降の成長率は潜在成長率を超える】
 現在、日本の潜在成長率は1%近くまで低下しているが、民主党のマニフェストを実行に移せば、家計消費を中心とする内需と緩やかな外需の回復によって、平成22年度の成長率は潜在成長率を上回り、少なくとも1.5%前後に達し、設備投資が回復する23〜25年度は潜在成長率の高まりを伴いながら、少なくとも2%前後に達するであろう。
 しかし、中期的な成長率は内外の不確定要因によって上振れ、下振れ双方のリスクがあるので、これはあくまでも幅を持った予測にとどめ、コミットしない方がよい。

【企業の国内総生産よりも国民生活の基盤である国民総所得が大切】
 最後にもう一つ大切な違いがある。
 成長戦略という場合、普通は実質国内総生産(GDP)の成長を促す戦略を指す。
 しかし、マクロ経済戦略にとって、一番大切な最終目標は「国民生活」である。企業の「国内総生産(GDP)」は、「国民生活」向上の手段、いわば「中間」目標であって、「最終」目標ではない。
 実質国内総生産(GDP)に、交易利得と海外からの純所得受入を加えた実質国民総所得(GNI、Gross National Income)こそが、国民生活の基盤である。
 いかに実質GDPの成長率は高まっても、円安で日本製品を海外に安売りし、交易条件を悪化させれば、交易利得の縮小=交易損失の増加によって、実質GNIの成長率が低くなる。それを地でいった02〜07年の景気上昇期は、企業収益は高まっても雇用者報酬は減少した。
 民主党は、「成長、成長」「成長戦略、成長戦略」という声に惑わされず、自信を持ってこれまで発表した政策を堅持し、「民主党の戦略は、GDPは勿論、GNIを安定的に伸ばして国民生活を向上させる戦略である」と主張してよい(詳しくは、鈴木淑夫『日本の経済針路―新政権は何をなすべきか』”W.国民生活重視のマクロ経済政策を“岩波書店、参照)。