植田日銀総裁案の国会提示に思う(2023.2.18)

【調査研究部門の地位向上に尽力した日銀の諸先輩】
 この程、植田和男東大名誉教授の日銀総裁案が、政府から国会に提示された。日銀の先輩として思うことを述べてみたい。
 私が日銀に入行(1955年)した頃、大先輩である外山茂(元調査局長、理事)さんや吉野俊彦(同)さんは、「日本銀行も欧米先進国の中央銀行と同じように、調査研究部門が政策決定に深く係るようにならなければいけない」と繰り返し言っておられた。このお二人の大先輩を始め、呉文治(元調査局長)さん、西川元彦(同)さん方のご尽力もあって、私たち若い調査局員は、総務部、営業局、外国局の若い人たちと並んで、海外事務所に勤務し、欧米先進国の中央銀行の在り方を学ぶ機会を与えられた。

【金融研究所の設立構想】
 私が松本支店長(1977~79年)をしていたある時、三重野康理事(当時)が来られて、前川副総裁(同)が発想し、森永総裁(同)が賛成している「金融研究所」構想(日銀創立100周年記念事業の一つ)を話され、私の意見を求められた。私は①金融研究所勤務の人が研究成果を論文とする時は、組織としての日銀の見解にとらわれず個人名で発表することを許すこと、②しかし金融研究所の組織は、日銀の外ではなく、内部の他部局と同等とすること、③金融研究所でよい仕事をした若い人は他部局に転勤させ、日銀全体の理論水準を上げるよう努力すること、の3点を挙げ、これらを認めるなら金融研究所の設立に賛成すると申し上げた。
 私は支店長の勤務を終えた後、金融研究所の前身となった特別研究室の参事に任命され、初代金融研究所長となった江口英一(当時、特別研究室長)さんを補佐し、金融研究所の設立に携わった。特別研究室の若いスタッフの1人には、シカゴ大学の留学から戻った白川方明(後に日銀総裁)君が居て、「マクロ合理的期待仮設」の啓蒙論文を書いていたのを思い出す。

【金融研究所と経済学者の係り】
 金融研究所は、特別研究室の伝統を引き継ぎ、当初から、内外の学者を顧問や客員研究員に招き、協同研究や論文指導を受け、研究会を開いている。とくに1983年以来1~2年に1回、内外の活動的な経済学者と先進国中央銀行の幹部、エコノミストを招き、国際コンファレンスを開いている。江口所長、鈴木副所長が開いた前川総裁時代の第1回国際コンファレンスでは、海外特別顧問の丁、トービン教授とM・フリードマン教授というケインジアンとマネタリストの2人の大御所が出席し、盛大に行われた。

【金融研究所と植田教授】
 私が植田教授に初めてお会いしたのは、特別研究室時代の1970年代後半に、MITのモジリアーン教授とS・フィッシャー教授を訪ねて金融政策について議論した時だ。優秀な日本人学生を陪席させたいとして紹介されたのである。(注)
 植田教授はMITでPh.D.を取って帰国後、阪大や東大の助教授をするかたわら、特別研究室や後の金融研究所の客員研究員や顧問として、日銀マンを指導し、或いは一緒に研究をしてくれた。特に国際コンファレンスやそれ以外の数々の研究会に参加してくださった回数は、経済学者の中で一番多いのではないだろうか。
 また、1998年4月から2005年4月までの7年間、日銀政策委員会の審議委員に就任し、直接、日銀の金融政策決定に参画された。この時植田教授が提唱した「時間軸政策」は、21世紀の先進国中央銀行の政策遂行に大きな影響を与えた。
 退任後、2008年10月から現在まで、東大教授と共立女子大学教授のかたわら、再び金融研究所に戻り、かつてトービン教授やフリードマン教授が務めて下さった海外特別顧問と同じように、国内特別顧問として現在まで務めておられる。
(注)植田和男「金融研究所40年を振り返って:マクロ経済・金融政策分析の観点から」(日銀金研ホームページ2022年)

【日銀と日本の金融政策を知り抜いている植田教授】
 以上にように、植田教授は学者ではあるが、同時に日銀にも深く係って現在に至っている。日銀の組織や業務など内部事情を知り抜いており、日銀マンから見れば、「身内」のような方だ。
 海外先進国の中央銀行では、経済学者が総裁に就任するのは、当たり前のようになっている。元FRB理事長のバーナンキ氏やECB総裁のドラギ氏は、植田教授と同じMITのPh.D.であり、私が付き合っていたMITのフィッシャー教授の教え子たちである。
 10年前に、初めてのエコノミスト総裁の白川方明氏が誕生したのに続いて、今、経済学者の植田和男氏が総裁に就任しようとしている。日本銀行も、先進国中央銀行と同じように、調査研究部門が政策決定に参画しなければいけないと言っておられた外山茂さんや吉野俊彦さんなどは、天国で、どんなに喜び、期待しておられることだろう。また日銀の100周年記念に金融研究所の設立を考えた森永元総裁、前川元総裁、三重野元総裁も、天国でどんなにお喜びかと思う。
 植田日銀の船出を祝い、異次元金融緩和の後始末と日本経済の新しい発展の支えに、植田金融政策が現代の経済理論と日本経済の実情を踏まえ、大きな役割を果たすことを信じ、声援したい。