年頭所感―日本も「量的緩和」の手仕舞いを始める年となるか(H29.1.1)
2017年の新春に当たり、今年のマクロ経済政策がどのように展開するか、考えてみたい。
昨年、2016年は、国内では「リフレ派」の敗北が明らかとなり、国際的には「新自由主義・グローバリズム」の限界が、ポピュリズムの圧力の下で露わになった年であった。
【国内「リフレ派」の敗北】
日本銀行が2013年4月から始めた「量的・質的金融緩和政策」によって、マネタリー・ベースは昨年末までに3倍を超えて膨張したが、消費者物価(生鮮食品を除く)の上昇率は、2年で2%の目標を実現することが出来なかった。そればかりではなく、3年目の昨年中は前年比でマイナスに逆戻りしてしまった。これには国際原油市況の暴落が大きく響いているが、生鮮食品に加え、エネルギーを除いてみても、前年比上昇率はゼロ%台だ。
「量的緩和」だけで物価上昇率を2%まで高めることが出来ると主張してきた「リフレ派」の敗北は明白である。「リフレ派」のリーダーとも言うべき内閣官房参与の浜田宏一エール大名誉教授も、デフレ脱却には「量的金融緩和」だけでは不十分で、「今後は減税を含めた財政の拡大が必要だ」(11月15日付日経紙「経済観測」)と言い出した。
遂に日本銀行も、昨年9月に操作目標を「量」から「金利」に切り換え、イールド・カーブを短期で-0.1%、10年でゼロ%前後にコントロールする政策に転換した。消費者物価上昇率の見通しも、前年比2%に達するのは、黒田総裁・岩田副総裁の任期を過ぎた2018年度中に変わったが、これが当たる可能性も極めて低い。
【国際的な「新自由主義・グローバリズム」の限界露呈】
国際的には、国民投票の結果、英国のEU離脱が決まり、米国では次期大統領にトランプ氏が当選した。両者とも、新自由主義的な貿易や移民の自由化などグローバリズムが進む中で、「没落した白人中間層の意向」が強く働いたポピュリズムの結果と見られる。欧州大陸のEU諸国の中にも、移民に反対する極右勢力の台頭が目立ち始めた。今年は、ドイツ、フランスなどで選挙が行われる。
さて、この延長線上で、今年の先進国のマクロ経済政策は、どのように展開するのであろうか。
【米国の長期金利上昇とドル高の可能性】
トランプ大統領の政策については、実際にホワイト・ハウスに入って政権が動き出してみないと分からない面が少なくないが、所得税・法人税の減税とインフラ投資の拡大が実施されることは、ほぼ間違いないであろう。
従って、今年の米国のマクロ経済政策は、景気回復の強さを確認しながら緩やかな利上げを複数回行う金融政策と減税・支出増加などを実施する拡張的財政政策のポリシー・ミックスになりそうである。その結果、長期金利が上昇し、ドルの独歩高が進む可能性が高い。
【日本経済への波及シナリオ】
日本にとっては、米国の景気回復持続とドル高は僥倖要因である。輸出が昨年の停滞を脱して伸び始め、企業収益が回復し、株価上昇が続く要因になる。
しかし、米国の長期金利上昇が日本の長期金利上昇に波及し、日本銀行のイールド・カーブ・コントロール、特に10年物のゼロ%維持を困難にする可能性がある。
その時、日本の景気が大型財政、輸出伸長、企業収益好転、株価上昇などに支えられて底固く推移しており、消費者物価上昇率もエネルギー価格の底入れも手伝ってジリジリ上昇していれば、例え2%の物価目標に達していなくても、金融政策が長期金利の目標を徐々に引き上げる形で、金利上昇の波及を追認することもあり得よう。
しかし、日本の景気回復が確りしていない場合は、金利上昇の波及を喰い止めねばならず、金融政策の運営は窮地に追い込まれる恐れがある。
【欧米の金融政策は利上げないし量的緩和縮小へ】
米国はすでに「量的金融緩和」を手仕舞いし、15年12月と16年(昨年)12月にFFレートを0.25%ずつ引き上げ、ゼロ金利政策を脱している。FRBは、今年中に更に2~3回の利上げがあり得るとしている。
欧州でも、ECBが「量的金融緩和」を本年12月まで続けるものの、毎月の国債買入額を本年4月から200億ユーロ減らして600億ユーロにするという「テイパリング」(「出口」に向かう量的緩和の段階的縮小)を決めた。またスウェーデン中央銀行も、本年上期まで「量的金融緩和」を続けるものの、資産買入額は昨年下期の450億クローナから本年上期は300億クローナに減らす「テイパリング」を始めると決めた。いずれも、景気回復が徐々に確りし始め、物価上昇率も高まる方向にあると見られるからである。
【日本の金融政策も大きな曲がり角に立つか】
このように、本年の欧米中央銀行は、金利引き上げや「テイパリング」で、これ迄の極端な金融緩和政策一辺倒を修正する方向に動き始めている。これに対して日本銀行は、操作目標を「量」から「金利」に転換しただけで、今のところ金融緩和の修正には動いていない。
しかし、前述したように、米国から金利上昇圧力が波及し、他方で国内の景気と物価も昨年よりは確りしてくれば、2%の物価目標が未達成であっても、「量的緩和」の縮小が課題として浮かび上がる可能性も無いとは言えない。
今年の金融政策は、欧米だけではなく、日本でも大きな曲がり角に立つかもしれない。