日銀の「長短金利操作付き量的・質的金融緩和」政策を吟味する(H28.9.23)
―評価すべき点とリスキーな点

【日銀が新たな金融緩和政策の枠組みを設定】
 日本銀行は、9月20~21日の政策委員会・金融政策決定会合において、「量的・質的金融緩和」(13年4月)、「その拡大」(14年10月)、「マイナス金利付き量的・質的金融緩和」(16年1月)の下における経済・物価動向と政策効果について、総括的な検証を行い、その基本的見解を公表すると共に、これを踏まえて「長短金利操作付き量的・質的金融緩和」と称する新たな金融緩和政策の枠組みを決定した。
 新しい枠組みのポイントは、以下の通りである。

【操作目標を「量」から「金利」に転換】
 ①先ず金融政策の操作目標を、これまでの「量」から「金利」に変える。従来は、年間80兆円の国債買オペという量が政策運営の目標であったが、今後は「長短金利操作(イールドカーブ・コントロール)」が政策運営の目標となり、国債買オペは長期金利コントロールの手段となる。当面の金利目標は、短期金利は従来通りマイナス0.1%、長期金利は10年物国債金利でゼロ%程度とし、将来必要な場合には更に金利を引き下げる。
 また長短金利操作のため、㋑日本銀行が指定する利回りによる国債買入れ(指値オペ)、㋺固定金利の資金供給オペレーションが出来る期間を現行の1年から10年に延長、という新型オペレーションを導入する。

【2%のインフレ目標の「オーバーシュート型コミットメント」
 ②次に2%の「物価安定の目標」は変更せず、むしろ物価上昇率の実績値が「安定的に2%を超える(オーバーシュートする)」まで、「長短金利操作付き量的・質的金融緩和」を継続する。この「オーバーシュート型コミットメント」は、「フォーワード・ルッキングな期待形成」よりも「適合的な期待形成」の要素が強い日本の現状においては、予想物価上昇率を間違いなく2%に押し上げるために必要であると日本銀行は判断したようだ。

【「サプライズ」型から「対話」型へ】
 ③最後に従来の「サプライズ」型の政策変更を改め、「対話」型の政策変更に努める。本年1月の「マイナス金利政策」導入の際は、前週まで考えていないと言いながら抜き打ち的に導入したため、金融機関は経営上非常に戸惑い、あからさまに政策を批判した。
 しかし、今回はマイナス金利政策の銀行収益圧迫、10年超の超長期金利低下の生損保、年金基金など機関投資家の収益圧迫という市場の声に配慮する形の政策決定となった。すなわちマイナス金利の深堀りはせず、また10年物の金利目標をゼロとすることによって10年超の長期金利がマイナスになることを防ぐ。

【「量」から「金利」への転換は私の自論であり極めて適切】
 さて、以上の①~③についての私の見解を要約すれば、以下の通りである。
 ①の「量」から「金利」への転換については、高く評価したい。私は日本銀行よりも4か月早く、「量的・質的金融緩和」「その拡大」「マイナス金利政策」の効果を総括的に検証し、私見を公表した。岩波書店刊『試練と挑戦の戦後金融経済史』(2016年5月)である。
 その181~190頁で、政策効果は「ポートフォリオ・リバランス効果」ではなく、「金利効果」を通じて出ていることを検証した。その上で、202~3頁で、効果に疑問があり、持続性にも限界の見えてきた「量的・質的金融緩和」政策は縮小し、「マイナス金利」政策を中心に金融緩和政策全体の持続性を高めよと主張した。
 今回の日本銀行の新しい枠組みの①は、将にこの考え方に沿っている。

【「サプライズ」型から「対話」型への変更は日本銀行の柔軟性を示す】
 次に順序を変えて、③の「サプライズ」型から「対話」型への移行について見よう。「市場との対話」を重視すると言っても、金融政策が常に市場の言うなりになってはならないことは言うまでもない。しかし市場との対話を通じ、政策を阻害しない範囲内で金融政策が市場の事情に配慮することは、中央銀行と金融政策に対する市場の信頼を高め、その運営を円滑にする上で、大切である。このことも、前掲拙著の198~9頁で力説したところである。
 従って、新しい枠組み設定に際してのこの配慮も、日本銀行の柔軟性を示すものとして高く評価したい。

【「オーバーシュート型コミットメント」はスタグフレーションへの道】
 最後に②「オーバーシュート型コミットメント」について。これは、日本経済を「スタグフレーション」体質へ追い込むリスクが高く、反対である。
 前述の拙著の中で明らかにし、また最近は早川英男著『金融政策の「誤解」』(慶応義塾大学出版部、2016年7月)の中でも指摘されているが、日本経済の長期停滞の原因はデフレではなく、デフレは長期停滞の結果である。従って、デフレを直しても、日本経済の停滞的体質(低成長)は直らないし、無理やり金融緩和でインフレ率を持ち上げても、経済停滞下のインフレという「スタグフレーション」になるだけであろう。「オーバーシュート型コミットメント」は、その道を歩もうとしているように見える。
 日本経済の長期停滞の原因は、生産性向上のスローダウンと生産年齢人口減少が主因である。この二つに正面から取り組まない限り、金融緩和政策の強化は、スタグフレーションを招くだけで、成長率を高めることはないであろう。このことも、拙著の215~234頁で詳しく論じている。