今回の「量的・質的金融緩和」(マスコミの言う「異次元金融緩和」)をどう評価すべきか (H25.4.28)
【2という数字が並んだ今回の「量的・質的金融緩和」】
黒田東彦総裁の下で日本銀行が打ち出した「量的・質的金融緩和」によると、2014年末までの2年間で、消費者物価(生鮮食品を除く)の前年比上昇率(消費税引き上げの影響を除く)を2%に引き上げることを目標とし、それを実現するため、マネタリ―・ベースの供給残高を2年間で2倍にし、その手段である毎月の長期国債の買オペ額も2倍にし、上場投資信託と不動産投資信託の買オペも増やして、2年後の日銀資産の対GDP比率を米欧中央銀行の2倍以上の約60%にするとしている。2という数字が沢山並んだのは、分かり易く、覚え易くするためであろうか。
この政策について、現時点における暫定的な評価をしてみよう。
【伝統的発想にとらわれない大胆な緩和】
まず、これ迄の伝統的発想にとらわれない大胆な点を見ていくと、①コール市場の金利水準ではなくマネタリ―・ベース残高をオペレーティング・ターゲットとし、その2倍増を目指すことにしたこと、②そのために国債発行額の7割程度を日銀が市場から買い上げること、③これに伴って買い上げ国債の残存期間は現在の3年弱から7年程度に伸びること、④更にリスクの高い上場投資信託と不動産投資信託の買い上げも増やすこと、⑤その結果日銀資産の対GDP比率は、リーマン・ショック後の金融危機対策として買オペを大きく増やした米欧の中央銀行の比率を、金融危機の無かった日本が2倍以上上回るようになること、⑥これに伴い米欧の通貨に対して円が下落することを許容すること、⑦全体として例を見ない大規模緩和という印象を与え、期待の変化を通じる効果(アナウンスメント効果)を狙っていること、などである。
【金融市場の歪みと財政規律の不安】
以上の①~⑦については、いずれも人によって評価が大きく分かれるであろう。
①はマネタリ―・ベースの量とマネー・ストック、名目GDP、物価などの間の定量的関係が不明確になっている現在、どのような根拠でマネタリ―・ベースを2倍にすれば消費者物価の上昇率が2%になると言えるのかという批判があり得る。また短期金融市場(マネー・マーケット)の中核であるインターバンク・マーケットの取引がほとんど無くなってしまうが、金融システムとして大丈夫なのかという懸念もある。
他方、ゼロ金利となってインターバンク・マーケットの指標性が低下した以上、マネタリ―・ベースをオペレーティング・ターゲットにするのは適切だという見方もあろう。
②についても、大量の買オペによって長期国債市場で取引できる国債を品薄にし、市場機能の低下(価格の乱高下)を招くという懸念のほか、財政ファイナンスではないかという批判があろう。前者については、1回の買オペの量を小さくして回数を増やすなどの工夫をしているようだ。後者については、政府が財政規律を確り守ってみせるしか対応の術はないであろう。
【長期金利の低下と日銀資産の劣化は表裏の関係】
③と④は、日銀の資産内容が劣化して円の信認に響かないかという懸念のほか、金融緩和を手仕舞う「出口政策」の時に、期日償還となる手持ち国債の割合が小さいため、売オペが多くなるなど、難しい問題が起きるのではないかという心配がある。
他方では、残存期間の長い国債の買オペによって長期金利が低下し、経済活動を刺激する新しい効果が生まれるという評価もできる。
【リーマン・ショック後に限れば中央銀行資産対GDP比率の上昇率は日本の方が米欧より低い】
⑤と⑥については、白川前総裁と黒田新総裁の間に考え方の違いがあるように見受けられる。
日本と米欧の中央銀行資産残高対GDP比率やマネタリ―・ベース残高対GDP比率の推移をみると、日本では金融危機が発生した1997年から2005年まで急上昇し、米欧を大きく上回ったが、金融危機が収まった後にやや低下し、リーマン・ショック後に再び上昇したものの、その水準は2005年と同程度である。しかし、リーマン・ショックで金融危機が発生した米欧は、その時(2008年)から始めて急上昇した。従って、リーマン・ショック後を比較すると、国内に金融危機が発生しなかった日本の上昇率は、米欧に比べて小さい。
白川氏は、日本は金融危機を先に経験し、量的緩和を初めて実施したいわばフロント・ランナーであり、一周遅れの米欧は、リーマン・ショック時の金融危機発生で、日本と同じような量的金融緩和を実施し、日本のレベルに追い付いたのだと語っていた。
しかし、リーマン・ショック後の比率上昇の割合に限ってみれば、日本が米欧より小さかったのは事実であり、そのために日本の円が米欧の通貨に対して円高となり、デフレの一因となったことは否定し難い。黒田氏が金融危機の有る無しとは関係なく、今後2年間で、日本の比率を米欧の2倍に引き上げることが、デフレ解消のために必要だと考えたのは、このためであろう。今のところデフレ解消の気配はないが、円高修正(円安)は確かに大きく進んでいる。
【直ちに現れた金融市場における「期待」を通じる効果】
⑦については、金融政策の効果が「期待」を通じて伝わることは確かであるが、その程度は定量的に不確かなので、それに頼るべきではないというのがこれ迄の伝統的な意見である。確かに今回も、家計や企業の「期待」に働きかけることによって実体経済における経済行動に変化が生じるのかどうか、今のところ判然としない。
しかし、将来の姿に関する「期待」が直ちに現在の姿となって現れる「合理的期待」は、専門家集団から成る金融市場ではかなりの程度成立することを考えると、今後2年間に日本の中央銀行資産やマネタリ―・ベースの対GDP比率が米欧のそれ等に比して飛躍的に高まるという「期待」は、それがまだ実現していない現在の為替市場に反映されて、大幅な円高修正(円安)が生じることは、十分予想できたし、現にそうなっている。
株式市場においても、アベノミクスがまだフルに動き出していない現時点でも、将来の金融相場や業績相場の「期待」が投影されて株高になることは十分予想できたことであり、現実にもそうなっている。
この円安や株高が輸出採算の好転や資産効果を通じて企業や家計の支出行動を積極化させる政策効果波及経路を狙って期待に働きかけたとすれば、一定の評価を与えることは出来る。
【1~3月期の貸出とマネーの残高増加率はやや上昇】
以上、今回の「量的・質的金融緩和」の大胆な点のうち、7つのポイントについて暫定的な評価をしてみた。言うまでもなく、最終的な評価は1~2年経過してみなければ分からない。ここでは、取り敢えず現在分かっている実体経済への影響について整理してみると、次のようになる。
第一に、買オペ増加によるマネタリ―・ベースの供給増加は、取り敢えず銀行の日本銀行に対する預け金の増加となるが、この準備金の増加に伴って銀行の貸出や証券投資が積極化し、マネー・ストックが増加して実体経済が拡大する動きが出ているかどうかについては、まだ正確には把握できない。
しかし、1~3月期に、銀行と信金を合計した貸出残高が前年比+1.5%と前期(+1.0%)より高まり、マネー・ストック(M2)の前年比も+2.3%から+2.9%に高まったこととは注目される。季調済み前期比ではマネー・ストックが+2.9%(10~12月期)から+4.2%(1~3月期)へ高まった。
【家計消費と住宅投資への効果は考えられるが設備投資は今のところ無反応】
このような銀行行動が、家計や企業の支出を活発化させているのかどうかは、まだ確かな証拠がない。
家計消費(とくに耐久消費財購入)、住宅投資、企業(とくに設備投資)に対しては、いま述べた銀行貸出・マネー・ストックの増加を通じる効果のほか、既に述べたように、あと二つの効果波及経路が考えられる。
一つは、株価、地価上昇の資産効果である。もう一つは、長期金利低下と期待インフレ率上昇に伴う実質長期金利低下の効果である。
これらの三つの効果波及経路を通じて、家計消費と住宅投資には、なにがしかの影響があり、昨年来の家計消費の底固さと住宅投資の増加基調が続いているのではないかという推察は出来る。しかし、その定量的効果はまだ定かではない。
企業の設備投資については、昨年4四半期連続して下落してきた趨勢が、これら三つの効果によって1~3月期に反転するかどうかは、現在までの指標からはまだはっきり分からない。
【円安に伴う数量ベースの貿易収支好転の動きは未だ見えない】
最後に、円安が輸出数量の増加、輸入数量の減少を招いて、2四半期連続して減少している実質GDPベースの「純輸出」を1~3月期に反転させるかどうかも、国際収支ベースの統計が2月までしか分かっていない現状では、判然としない。通関ベースの貿易統計から見ると、1~3月期も数量ベースの輸出の前年比減少率は輸入のそれをかなり上回っているので、楽観は許されない。
【今回の金融緩和のプラス面、マイナス面を注意深く見ていくことが大切】
金融政策の実体経済に対する効果は、ポジティブであれネガティブであれ、通常1年後にピークを迎え、2年間で出尽くすと言われている。従って今回の「量的・質的金融緩和」の効果が、実体経済にはまだ殆んど見られず、期待を通じる効果が株式市場と為替市場に現れているだけなのは、当然と言えよう。
しかし、ピークを迎えるのは1年後だとしても、徐々に実体経済面に効果が出てこないと、金融市場で先行している「期待」が裏切られ、経済に攪乱的影響が生じないとも限らない。その意味で、実体経済面の指標に現れる筈の効果を、今後注意深く見ていく必要があろう。
また、「量的・質的金融緩和」の負の側面についても、それが大事にならないよう、注意を払っていくことが肝要であろう。
インターバンク・マネーマーケットの機能低下、長期国債市場の流動性低下、日銀資産の劣化、財政ファイナンスの疑念、将来の「出口政策の不安」など常に念頭に置いて、事態の推移を見守り、要すれば直ちに対策を打つことが大切である。