10年度予算の評価と日本経済の見通し(H21.12.28)

【国民は鳩山政権に不安はあるが自民党政権に戻る気はない】
 鳩山政権発足後100日を前に『朝日新聞』が行った世論調査の結果は、極めて興味深いものがある。
 100日間の仕事振りを見て、「期待の方が大きい」(44%)と「不安の方が大きい」(45%)が伯仲している。不安は、鳩山政権の三つの「アキレス腱」、即ち普天間基地の移設を始めとする対米関係、鳩山首相の偽装献金問題、存在感を示したがる少数与党、社民・国民新党の奏でる不協和音、が主因であろう(このHPの<論文・講演>「新聞」“不協和音が高まる鳩山政権”09.12.9参照)。とくに、無党派層では29%対58%で「不安」を選んだ人が多い。
 しかし、「不安の方が大きい」とした人でも、53%は政権交代が「良かった」と答え、「良くなかった」は32%にとどまっている。ましてや全体では、「良かった」が72%、「良くなかった」は僅か16%である。
 国民は鳩山政権に不安はあるものの、だからと言って自民党政権に戻った方が良いと考えている人は極めて少ないようだ。

【国民はムダの排除と脱官僚の予算編成を評価】
 これは、国民が鳩山政権の100日間の仕事振りに、一定の評価(54%対44%)を与えているからであろう。とくに「行政のムダ減らし」と「官僚に頼った政治を改める取り組み」では、それぞれ55%対25%、47%対29%で高い評価を与えている。
 「ムダ減らし」と「脱官僚」が、国民の前に最も分かり易い形で示されたのは、今回の10年度予算の編成過程であろう。
 自民党政権では、「各省庁の概算要求」→「財務省の査定」と「自民党部会・税調の調整」→「財務省原案」→「閣僚の復活折衝」→「政府案の閣議決定」、という形で、完全に財務省主導で編成され、政治は横から口出しする程度であった。
 しかし鳩山政権では、「各省庁の概算要求出し直し」→「政治家と専門家による事業仕分けによるムダの洗い出し」と「政治家による税制改正論議」→「民主党が重点要望提出」→「政府案の閣議決定」、という段取りで、自民党政権時代の「財務省原案」とそれに対する閣僚(政治家)の「復活折衝」という官僚主導を象徴する段取りは、なくなった。
 しかも、この新しい試みによって、手慣れた自民党政権と同じタイミング、即ち12月第4週(今回は12月25日)に「閣議決定」したことは、国民に評価されるのではないか。

【自公政権から引き継いだ予算規模は102.4兆円、国債発行の実勢は53.3兆円】
 さて、この出来上がった10年度予算に対して、新聞の見出しは一斉に「過去最大の予算規模」「過去最大の国債発行額」と書きたてているが、これ程国民と海外をミス・リードする性格付けはない。これでは、日本は財政規律を失って放漫予算を組んだと映るであろう。
 自公政権は、09年度当初予算のあと、景気刺激のため第1次補正予算を組んだので、民主党政権が引き継いだ第1次補正後の09年度予算は、予算規模が102.4兆円、国債発行額が44.1兆円に達していた(下表の<A+B>参照)。しかも、09年度税収が当初予算の46.1兆円から36.9兆円に落ち込むことが分かっていたので、その分を埋める必然的な国債発行の追加を加えると、自公政権の09年度第1次補正後予算の国債発行の実勢は、53.3兆円に達していたのである(下表の(A+B)の[  ]内参照)。

【民主党政権の当初予算は自公政権から引き継いだ予算規模と国債発行額を10兆円前後圧縮】
 民主党政権は、09年度第2次補正予算を組んで、自公政権の第1次補正後予算の組み替えを行い、7.3兆円を削減し、雇用対策などを中心に7.4兆円を増やした。また税収落ち込みによる国債発行の必然的増加を追認し、9.3兆円の国債発行を追加計上したので、09年度第2次補正後の国債発行額は、実に53.4兆円に達しているのである(下表の<A+B+C>)。
 この09年度第2次補正後予算と10年度当初予算を対比すると、予算規模は102.5兆円から92.3兆円へ10.2兆円縮小し、国債発行額は53.4兆円から44.3兆円へ9.1兆円縮小している。
 10年度予算が、規模も国債発行も「過去最大規模」と騒ぎたてるのは、およそ見当外れである。自公政権下で既に膨張してしまった予算規模と国債発行額を10兆円前後圧縮したのが、民主党政権の10年度当初予算である。

【09年度第1次補正後と10年度15か月予算の実勢を対比するのが正しいアプローチ】
 では、10年度当初予算は、日本経済に対して10兆円前後のデフレ・インパクトを与えるのであろうか。
 民主党政権が10年1月から始まる通常国会で成立させようとしている09年度第2次補正予算の執行は、早くても10年3月以降、その殆どは10年4〜6月期に行われるであろう。従って、この09年度第2次補正予算は、10年度当初予算と共に、10年度の日本経済にインパクトを与える。この10年度の日本経済にインパクトを与える予算を仮に10年度「15か月予算」と名付けて合計してみると、下表の<C+D>のような規模になる。この<C+D>と、09年度の日本経済にインパクトを与える第1次補正後の09年度予算(下表の<A+B>)を対比するのが10年度の日本経済に対する一般会計予算のインパクトを考える上で、正しいアプローチである。




【規模と赤字はほぼ同額、埋蔵金などで国債発行を10兆円圧縮】
 表に明らかなように、09年度第1次補正後予算(A+B)と10年度15か月予算(C+D)は、予算規模が102.4兆円対99.7兆円で、ほぼ同額である。歳出規模の経済に与えるインパクトは、ほぼ等しいとみて良い。
 歳入面は、国債発行額が表面的には44.1兆円対53.6兆円で、10年度15か月予算が9.5兆円多いが、これは9年度第1次補正後予算で既に発生していた税収不足(9.2兆円)を穴埋めする国債発行の追加(9.3兆円)を、9年度第2次補正に計上したためである。従って、この9.3兆円は、形の上では、10年度15か月予算に入っているものの、実際は09年度第1次補正後予算に属する国債発行である。
 この分を09年度第1次補正後予算に加えた実勢ベース(表の[ ]内)で見ると、国債発行額は53.4兆円から44.3兆円に9.1兆円圧縮されている。他方、租税収入を実勢ベース(表の[ ]内)で見ると、36.9兆円対37.4兆円で、ほぼ横這いである。
 予算規模と租税収入がほぼ等しいということは、09年度第1次補正後予算と10年度15か月予算の財政赤字はほぼ等しいことを意味する。
 それにも拘らず、15か月予算の国債発行額の実勢が9.1兆円少ないのは、特別会計の積立金・剰余金(いわゆる埋蔵金)の取り崩しなどによって、税外収入を10.6兆円確保したからである(表の(D)参照)。

【社会保障費増加の方が公共事業費の減少より1.1兆円大きい】
 このように、実勢ベースで規模と赤字額を見る限り、09年度第1次補正後予算と10年度15か月予算はほぼ等しいので、この二つの点に関する限り、10年度予算の経済に対するインパクトは、09年度予算のそれに比べて「緊縮的」でも「拡張的」でもなく、「中立的」である。
 違いは、国債発行額の9.1兆円圧縮と、歳出内容である。
 国債発行額の圧縮は、財政規律の重視を象徴する点で、好ましい。国債市場への圧迫もそれだけ少なくなるとすれば、長期金利上昇の予想が抑えられ、景気にも好ましい。しかし、特別会計の積立金・剰余金などの埋蔵金が、これ迄国債に運用されていたとすれと、埋蔵金の取り崩しに伴って市場への国債売却が行われるので、市場、ひいては金利への影響は国債発行と同じになる。
 景気に対する効果としては、歳出の内容の変化の方が重要である。いわゆる「コンクリートから人へ」の戦略を反映して、一般歳出では子供手当創設、医療負担の軽減、一人親家庭への支援などの「生活支援」で社会保障費は2.4兆円増(前年比+9.8%)となり、反面、公共事業費で前年比1.3兆円減(−18.3%)となった。社会保障費2.4兆円増の景気刺激効果の方が、公共事業費1.3兆円減の景気抑制効果よりも大きいであろう。

【10年度の国内需要は家計消費、設備投資、住宅投資の回復で着実に増加】
 以上のことから判断すると、民主党政権の10年度15か月予算は、10年度の日本経済に対して少なくとも景気抑制的に働くことはないであろう。僅かに景気刺激的に働くとみて良い。
 実質個人消費は、エコ・カー減税、エコポイント制度などの政策効果(これらは10年度予算で延長)と、消費者物価下落による実質購買力の拡大によって、09年8月から11月まで4か月連続して前年を上回っているが、10年度も予算の「生活支援」効果と雇用情勢の緩やかな回復で、増加基調を維持するであろう。
 設備投資と住宅投資も09年度下期に底を打ち、10年度には緩やかな回復軌道に入るとみられる。先行指標である機械受注(民需、除く船舶・電力)と住宅着工戸数は、季調済み前月比で09年9月頃から回復の傾向をみせている。
 10年度の国内需要で大きく減少するのは公共投資であるが、既に実質GDP全体の3.8%にすぎないので、成長に対するマイナス寄与度は小さい。

【10年度の日本経済は内外需揃って増加】
 10年度の経済見通しで見落としてならないことは、アジア向け輸出の増加である。09年11月現在、日本の輸出は前年比−6.2%減であるが、アジア向け輸出は中国、アジアNIEsを中心に既に+4.7%の増加に転じている。3月以降11月までの輸出増加に対する寄与率も見ても、アジア向けが6割強を占め、米国・EU向けは3割弱に過ぎない。
 仮に10年度の米欧経済がダブル・ディップ(2番底)に陥ったり、予想外に停滞したりしても、10年度の日本の輸出がマイナスに転じることはないであろう。
 従って、10年度の日本経済は、内外需揃って増加することは間違いない。民主党政権の10年度経済見通しは+1.4%成長、民間エコノミスト10名(12月16日付「日経」紙)の平均は+1.2%成長、09年10月のIMF見通しでは、10暦年ベースで+1.7%成長である。
 1%台の成長は確実であり、今後の推移次第では1%台後半になることもあり得よう(エコノミスト10名中3名は+1.6〜1.7%成長の予測)。