日銀は継続して小刻みの利上げを続けよ(H19.3.27)
【市場は少なくともあと2回の追加利上げを予想している】
2月の追加利上げのあと、市場では参院選後、年内に1回、昨年1〜3月に1回の利上げを予想する向きが多い。しかし、その理由となると区々である。
政策金利(無坦コールレート・オーバーナイト物の金利)を現在の0.5%から0.25%刻みで1.0%へ、あるいはそれ以上に引上げるべきだという理由を整理してみると、大きく分けて二つある。
一つは、マクロの需給あるいはそれを反映したコア消費者物価の上昇率を根拠とするものである。もう一つは、異常に低い金利を修正しないと日本経済に長い目で見て歪みが生じるという金利正常化論である。
【マクロ需給と物価上昇率を根拠とする日本銀行】
日本銀行は、これ迄『展望レポート』などの中で、主として前者の理由による利上げの必要性を示唆して来た。それは、日本銀行法に定める金融政策の理念が、「物価安定を通じる経済の発展」であることから見て当然といえよう。
しかし、この根拠に立つと、コア消費者物価(全国)の前年比上昇率は、昨年11月の+0.2%をピークに、12月は+0.1%、1月は0.0%と縮小している。石油製品の値下がりが一因であるが、東京都のコア消費者物価の前年比上昇率が1月の+0.2%から2月は0.0%に大きく縮小していることなどの諸情報から判断すると、今週末の金曜日に発表される2月の全国のコア消費者物価は、前月の前年比0%から前年比マイナスに転じる公算が高い。その後も数か月間は、ゼロとマイナスの間をさ迷うかも知れない。
【物価上昇率がゼロないしマイナスでも利上げを続けるには】
それでも利上げ継続の姿勢を維持するためには、この物価下落は石油製品の値下がりなどの一時的要因によるものであり、GDPベースのマクロ需給ギャップが昨年10〜12月期の年率5.5%成長によってはっきり需要超過になっているうえ、今後の成長率も潜在成長率の2%弱を上回り続けるので、数か月後には物価上昇率は再びプラスに戻ると主張し、長期的視点を強調し続けなければならない。
これは日本銀行にとって大きなリスクを犯すことになる。しかし金融政策の決定はフォーワードルッキングに行う、と日頃述べている以上、仕方がない。今後の成長率と需給ギャップの見通しを確り分析し、『展望レポート』などで国民に自信を持って説明するほかないであろう。そうしなければ日銀の考え方が国民に伝わらず、市場も日銀の意図を計り兼ねて混乱する。
【もう一つある継続利上げの根拠:金利正常化論】
日本銀行は日銀法の建前上、成長とマクロ需給、それを反映した物価上昇率から利上げの理由を説明せざるを得ないが、政策金利を継続的に引上げて1%以上にしなければならない理由は、実は、もう一つある。
それが金利正常化論である。異常に低い金利が、長い目で見て日本経済を歪めるという議論であるが、これには三つのタイプがある。金利水準論、円安バブル論、金融市場立直し論である。
金利水準論は、現在の0.5%という短期金利の水準が、今後の成長率と物価上昇率から見て低すぎるので、徐々に1%以上に引上げるべきだという議論である。今後2年間程の実質成長率が平均2%弱、物価上昇率がプラスと考えれば、確かにゼロ%台の短期金利は低すぎる。
低すぎる金利の下では、生産性と収益性の低いプロジェクトへの投資が増え、先行きの潜在成長率の低下要因となるので、長い目で見ると日本経済の健全な発展を妨げる。
【円安バブルの崩壊による急激な円高を防ぐ】
第2の円安バブル論は、世界的に見て異常に低い日本の短期金利で円資金を調達し、外貨に替えて(ここで円安圧力)高い金利で投資や融資をする「円キャリ取引」が累積しているが、これが既に20兆円にも達しているので、何かの切っ掛けでこの巻き戻しが起ると、急激な円高が発生し、日本経済が混乱する恐れがある、という懸念である。
確かに、現在の円の実質実効金利はプラザ合意前の1985年の水準にあり、金利差だけでこの低水準は説明がつかない。これは日本の金利は当分上げられないという思惑に基づく一種の資産バブルである。従って、短期金利を1%台にまで徐々に引上げるという姿勢を明らかにして、異常な低金利が当分続くという思惑を打ち砕き、これ以上の円キャリ取引の累積を止め、緩やかな巻き戻しを起こした方が賢明である。
そうしないと、過日の上海発の日米欧同時株安のような金融ショックがもっと大規模に起ったり、ユーロ圏だけではなく米国政府までもが円安の行き過ぎを非難したりした時に、円キャリ取引の大規模な逆転で予想外に急激な円高が起る危険性がある。円安バブル崩壊の危険性だ。
これも長い目で見て、日本経済の健全な発展の妨げになる。
【衰弱した短期金融市場と円建国際金融・資本市場を立直す】
第3の金融市場立直し論は、異常な低金利によって金利機能が働かず、金融市場の衰退を招いている現状は、長い目で見て日本経済の健全な発展を妨げるので、市場で金利機能が正常に働く水準に短期金利を徐々に戻そうという主張である。
ゼロ金利政策が5年も続いている間に、日本の短期金融市場は衰弱し、瀕死の状態にあったが、金利が0.5%に戻った現在も、昔に較べれば縮小したままだ。それが金融機関の正常な資金繰りを妨げている。
更に長い目で見て問題なのは、ゼロ金利政策の下でサムライ・ボンドなど円建の金融・資本市場が壊滅し、現在に至っていることだ。これは円の国際化の後退であり、そのデメリットは、日本の巨額の対外純資産を円建資産で持つことが出来ず、為替変動リスクに晒された外貨建資産で持っている点に現われている。
これは長い目で見ると、ドル安で減価する資産に、日本の貴重な貯蓄残高を投じて損失を被っている姿にほかならない。
【日本銀行は金利正常化論とフォーワードルッキング論で利上げを続けよ】
以上、三つの金利正常論を述べた。金利水準論、円安バブル論、金融市場立直し論である。
この三つの金利正常化論は、いずれも超低金利が長い目で見た日本経済の健全な発展を妨げるので、利上げを継続しようという主張である。
やや専門的で一般の国民に分りにくいかも知れないが、日銀法に定められた「日本経済の健全な発展」という政策運営理念には合致している。
日本銀行は、この金利正常化論に基づく継続利上げの必要性を、もう少し前面に押し出して国民に説明すべきではないか。そうしないと、近い将来コア消費者物価の前年比がマイナスに転じた時、追加利上げが当分ないとか、継続利上げのシナリオが消えたとかいう間違った見方が市場に生まれ兼ねない。それでは次の追加利上げがサプライズとなり、市場が混乱することになるかも知れない。さりとて、消費者物価の前年比がマイナスの間は追加利上げをしないというのであれば、フォーワードルッキングな政策運営と金利正常化論の立場から見て、その金融政策は禍根を残し、あとになって批判されることになろう。