政府与党内の金利・成長率論争は不毛(H18.3.22)
―大切なのは財政支出削減(行政改革)の中身―
【政府与党内で高まる金利・成長率論争】
財政再建の中期シナリオを議論した3月16日の経済財政諮問会議では、民間委員と与謝野経済財政大臣、谷垣財務大臣らが主張する4%の長期国債金利と3%の名目成長率という前提と、逆に3%の長期国債金利と4%の名目成長率という竹中総務大臣、中川自民党政調会長らが主張する前提が対立した。
よく知られているように(ドーマー条件)、中期的に長期国債金利が名目成長率を上回っていると、プライマリー・バランスの大幅黒字化という厳しい財政再建を行わないと、政府債務残高の対GDP比率は低下しない。
これに対して、中期的に長期国債金利が名目成長率を下回っていると、プライマリー・バランスを均衛させることによって、政府政務残高対GDP比率は低下して行く。
従って、与謝野・谷垣派対竹中・中川派の対立は、ポスト小泉を争う政策の中で、前者がより厳しい財政再建(大幅な国民負担増と歳出削減)、後者が相対的に厳しくない財政再建(相対的に小幅な国民負担増と歳出削減)のシナリオを描こうとしているのである。
前者に財務省の影がちらついているのは容易に理解出来る。後者は、恐らくポスト小泉にあまり厳しくない財政再建のシナリオを用意したいからであろうか。
【理論的に長期国債金利が成長率よりも高いと言うのは誤り】
民間委員(学者)の中には、「理論的に言って先進国では国債金利は名目成長率より高い」と言って前者を支持する人が居る。逆に同じ学者の竹中大臣は「日本では戦後金利の方が成長率より低かった」と主張している。しかし、金利と成長率の関係は、理論的にも実証的にも、それ程簡単に断言出来る話ではない。
サマーズの実証研究によると、主要先進国では「資本収益率が成長率を上回っている(動学的効率性が満たされている、即ち資本に対するニーズが強い)」という結果が出ている。民間委員(学者)は、この資本収益率を長期国債金利と考えて、「先進国では国債金利が成長率を上回る」と言っているのであろう。
しかしここで言う資本収益率とは、民間企業の発行する長期社債の利回りや株式でのROEのことである。財政再建に係わる長期国債の利回りは、リスク・プレミアム分だけ民間の長期債利回りよりも低い。従って、サマーズの実証研究から「先進国では国債金利の方が成長率より高い」とは言えないのである。
【実証的には長期国債金利と成長率の関係は時期によって異なる】
では、竹中大臣のように、「日本では戦後金利の方が成長率よりも低かった」と言って、今後の中期シナリオの国債金利を成長率よりも低くするのは正しいのであろうか。
人為的低金利政策で金利が低く規制され、他方高度成長とインフレで名目成長率が高かった70年代までは、その通りである。しかし、以後は金利が自由化されて長期国債の市場利回りは時に10%を超え、他方では高度成長の終焉と物価の安定で名目成長率が5%前後に落込んだので、一概に長期国債金利が名目成長率を下回っていたとは言えず、逆の年の方が多い
実は、OECD加盟国全体を見ると、1980年までは国債金利が成長率を下回っていた国の方が多かったが、その後99年までは逆に国債金利が成長率を上回った国の方が多くなった。
しかし、2000年代に入ると、比較的好況な00年、04年、05年には、再び国債金利を成長率が上回っている国が多い。日本でも、長期停滞の下で国債金利が名目成長率を上回っているが、97年や05年には成長率がやや高まって国債金利と同水準になった。デフレを脱却した06年以降は逆転するかも知れない。
【金利が成長率を下回るのは高成長・物価安定の場合】
以上のように、金利が成長率より高いとする与謝野・谷垣派も、逆だとする竹中・中川派も、理論的、実証的な根拠は弱いのである。それでは、今後の中期シナリオは、どういう前提を置けばよいのであろうか。3月16日の経済財政諮問会議のように、両論併記では指針にならない。
前述したOECD加盟国の歴史的傾向に示されているように、民間主導で比較的高い成長を続けている時期には、財政主導で何とか成長を維持している時期よりも、成長率が金利を上回る国が多い。またアレシナの研究によると、財政再建成功国では成長率が上昇し金利が低下すること、逆に財政再建失敗国では成長率が低下し、金利が上昇することが示されている。
財政再建成功国を民需主導型成長、失敗国を財政主導型成長と置き換えれば、同じ事実を物語っているといえよう。
また、インフレ目標値を導入してインフレを抑制し、物価安定(1〜3%のインフレ率)に成功した国と、そうでない国を比較した場合には、成功国は成長率が金利を上回り、インフレ持続国は逆になるという報告もある。
【財政再建成功の鍵は高い実質成長率と物価安定】
新聞報道では、与謝野・谷垣派も竹中・中川派も、名目成長率の内訳を実質成長率とインフレ率に分けていないので、はっきり言えないが、もし両者の名目成長率の差が実質成長率の差に起因するのであれば(例えば与謝野・谷垣派が2%弱、竹中・中川派が2%強)、高成長の竹中・中川派のシナリオの方が長期国債金利を上回る成長率となる可能性が高い。
しかし、もし両者の成長率の差がインフレ率の差に起因するのであれば(例えば1%強対2%弱)、竹中・中川派のシナリオの方がかえって長期金利が成長率を上回ってしまう可能性がある。
従って、金利が成長率を下回る状態を中期的に保って財政再建を成功させるには、実質成長率を高め、インフレ率を1%前後に安定させる政策を採るべきなのである。これは金利が予想インフレ率を反映していること(フィッシャー効果)を考えれば、当然である。
【ゼロ金利政策の過度の長期化は中期的な金利上昇と成長低下を招く】
その政策の一つとして、ゼロ金利を出来る限り長く保つべしという「長期金融緩和論」が、竹中・中川派にあるとすれば、これは誤りである。ゼロ金利の持続で高成長と低金利が続くのは、インフレやバブルが発生しない間の短期シナリオである。中期的には必ずインフレかバブルか、あるいはその両方が発生し、金利上昇と反動不況が起きる。結果は高金利と低成長になる。1987年以降の経験をまさか忘れた訳ではあるまい。
金利政策の弾力的な運営によって、インフレとバブルを防ぐのが、中期的に金利上昇を抑え、高成長を持続させる王道である。日本銀行はゼロ金利の早まった解除をしてはならないが、かと言ってインフレやバブルの芽を早目に摘むための緩やかな利上げの開始を遅らせてはならない。
【民間のビジネス・チャンスを増やす行政改革は成長率を高める】
財政再建をやり易くする高い実質成長の鍵は、実は財政再建のやり方自身の中にある。
与謝野・谷垣派に近い民間委員(学者)の一人がある所で講演し、「財政再建には歳出削減と国民負担の増加の二つしか道はないが、二つ共成長抑制的に働く。故に高い実質成長率を前提とする財政再建の中期シナリオは組めない」と述べた。
この考え方は間違っている。歳出削減が、@民間や地方自治体への過剰介入行政の廃止と担当人員の削減、A民間に移譲できる仕事をしている特殊法人、公益法人、独立行政法人などの廃止(補助金廃止)、によって実現するのであれば、民間のビジネス・チャンスが拡大し、経済全体の効率が高まるので、実質成長率は上昇するであろう。
政府・与党が今国会で成立させようとしている行政改革推進法が、このような歳出削減に本当に寄与出来るのか、国民は注視して行かなければならない。
【財政再建の中味を詰めない金利・成長率論争は不毛】
以上述べてきたことから分かるように、現在政府・与党内部で行われている金利・成長率論争は、やや見当はずれのところがある。
問題は、中期的になるべく高い実質成長率となるべく低い金利を実現するためには、どのような財政再建(どのような歳出削減と国民負担の引上げ)を実現すべきかにある。そのような財政再建の中味を詰めないで、成長率と金利のどちらが高いかを議論していても、不毛である。
財政再建の成否の鍵は、財政再建のやり方自身の中である。責任を金融政策に転換して、ゼロ金利を長く続けさせようと言うのは、愚かなことである。その点では、与謝野・谷垣派を評価したいが、財政再建をすれば実質成長率が下がると考えている点では、彼等は財務省に洗脳されているとしか思えない。この点では、竹中・中川派の考え方を評価したい。
日本の中期的な歩みを決定づける大切な財政再建であるだけに、国民もしっかりと看視し、考え、選択して欲しいと思う。折角、民需主導の自律的成長が始まり、財政再建策と金融政策さえ誤らなければ、成長が持続できるチャンスを迎えているだけに(このHPの<最新コメント>“バブル崩壊後初の3%台成長は持続出来るか”H18.2.21参照)、国民としては、このチャンスを政策の失敗によって潰されないように、厳しく見守って行くできである。