非拘束名簿方式導入の強行は議会制民主主義の危機だ(2000.10.13)



【全国を1選挙区として100人以上の候補者から1人を選ぶ選挙】
  与党3党が国会に提出した参議院比例選挙における「非拘束名簿」方式の導入は、全国を一つの選挙区として、名簿に記載された候補者の中から1人を選ぶ選挙である。
  現行の「拘束名簿」方式では、どの政党が提出した名簿を選ぶかという投票であるから、選択の対象は政党の数しかないので、せいぜい10以内である。ところが「非拘束名簿」方式では名簿の中の個人を選ぶのであるから、定員(50人)の2倍以上と見て、100人以上の候補者の中から1人を選ぶことになる。
  個人を選ぶ「非拘束名簿」方式は、党を選ぶ「拘束名簿」方式と違って“人の顔が見える選挙”だから良いと与党3党は主張しているが、100人以上の候補者を識別して一人を選ぶなどということは、事実上不可能に近い。100人以上も居ては、本当の意味で1人1人の顔など見分けることは出来ない。分かるのはタレント候補のような超有名人だけではないのか。

【かつての「銭国区」や「残酷区」の世界に戻る】
  そこで候補者たちは、何とか自分の顔を知ってもらおうと、懸命の選挙運動を全国で展開することになる。
  都道府県に一つずつ選挙事務所を開くとしても48の事務所を設け、大勢の運動員を雇わなければならない。その運動員に、北は北海道の市町村から南は沖縄の市町村の街々に、何十万枚という自分の顔のポスターを張り巡らさなければならない。
  20年近く前まで続いた参議院全国区選挙では、「5当4落」と言われた。5億円使えば当選できるが、4億円では落選するという意味である。このため全国区ではなくて「銭国区」だと言われた。
  「非拘束名簿」方式ではこの「銭国区」の世界に戻る。その上、短い選挙期間中に、候補者は北は北海道から南は沖縄まで選挙運動をして回るのである。起きている間は演説、寝ている間は移動という毎日が続き、選挙後過労死する年老いた候補者が必ず数人出た。「全国区」ではなくて「残酷区」だと言われたものだ。「非拘束名簿」方式は、この世界に戻る。

【かつての全国区選挙よりも悪い「票の横流し」制度】
  このように、かつての全国区は莫大な金と労力のかかる「銭国区」や「残酷区」となってしまったため、これを廃止して、現行の「拘束名簿」方式の比例選挙に改めたのである。それを又「銭国区」や「残酷区」に戻そうというのが、与党3党の提出した「非拘束名簿」方式の比例選挙である。
  しかも、かつての全国区よりも更に悪い点がある。それは、「非拘束名簿」の中に掲載された一人の候補が仮に320万票を獲得すると、当選に必要な票数は80万票程度であるから、残りの240万票が同一名簿の中の他の候補者に「横流し」され、更に3人がたとえ1票も得票していなくても当選する。
  つまり選挙民は、自分が投票した人でなはい他の候補を当選させることになる。これで「国民を代表する選挙された議員」(憲法第43条)と言えるであろうか。この「票の横流し」制度は、議会制民主主義の根幹に触れる重大問題である。

【全国組織、業界、大企業の利益代表とタレント以外は立候補できない】
  一体、どのような人が日本全国を対象にした5億円以上もかかる選挙に立候補することが出来るのであろうか。
  これは、全国組織の団体、業界、大企業の利益を代弁する官僚OBなどと、全国的に知名度の高いタレント以外には立候補できないであろう。
  これは二つの意味で議会制民主主義の危機を招くであろう。
  第一に、一定年齢に達したすべての日本国民は、憲法によって国会議員の被選挙権を保障されているが、この「非拘束名簿」方式の下では、全国的な組織、業界、大企業の利益代表とタレント以外は立候補できないので、事実上、憲法で保障された国民の被選挙権の制限になる。つまり憲法違反の疑いのある議会制民主主義の侵害である。

【政治改革が後戻りして再び政官業癒着の政治が強まる】
  議会制民主主義を危くする第二の理由は、政官業の癒着を促進し、全国的組織、業界、大企業の利害だけが国会に反映され、個人に代表されるような日本国民の多数意見が正しく反映されない恐れがあることだ。
  日本の政治改革は、全国組織、業界、大企業という一部の少数者の利益連合が全体をリードする政官業癒着の政治から、政策を中心に政党が対決し、国民が審判を下す政治へと少しずつ改善されてきた。
  衆議院と参議院の比例区選挙を、いずれも「拘束名簿」方式に変えたのは、政策と候補者を掲げた「政党」を選ぶ選挙にして、日本の政治を政党が政策を争う政治に変えようとしたからである。
  しかし与党3党の「非拘束名簿」方式導入の試みは、政治改革の「時計の針」を逆に回して、再び政官業癒着の政治に引き戻そうとしているのである。

【官僚OBが所管業界、団体、大企業から名簿と党費を出させる自民党】
  どうして与党3党、とくに主導権を持つ自由民主党は、このような選挙制度の改悪を突然持出したのであろうか。
  そこには二つの明確な動機がある。いずれも民意を正確に反映するための選挙制度改正とは無縁の動機であり、純粋な党利党略だけである。
  第一に現行の「拘束名簿」方式では、名簿の中の候補者に優先順位を付けなければならない。自由民主党以外の各党は、自由党の場合を含め、候補者の識見や党に対する貢献度などを勘案して順位を決めている。
  ところが、自由民主党は、その順位を候補者が獲得した党員の数、従って納入する党費の額によって決めてきた。政官業癒着の政治しか行って来なかった自由民主党の候補者達は、全国的組織、業界、大企業から党員名簿を提出してもらい、党費を代払いしてもらってきた。これが出来るのは官僚OBや族議員だけである。属していた官庁の所管団体、業界、大企業に対して名簿提出と党費代払いを要求し、その見返りとして当選後は、それらの団体、業界、大企業の利害を代表して政治活動をしてきたのである。

【業界などが名簿順位を金で買うのを改めて組織ぐるみの選挙運動で獲得する制度に】
  これが表面化したのが「久世問題」である。久世参議院議員(発覚当時は金融再生委員長・国務大臣)は98年の立候補に際し、農業団体から2万人の党員名簿を提出させ、その党費は椛蜍桙ノ代払いさせた。これが発覚して久世議員は大臣を辞任したが、他の自由民主党候補も同じことをやっているので、久世議員は最後まで自分は悪くないといっていた。
  最近出てきた自民党村上参議院議員の「KSD問題」はもっと悪質な名簿と党費の代払い問題である。久世議員の場合は私企業である椛蜍桙フ党費代払いであるが、KSDは「中小企業経営者福祉事業団」という労働省がバックアップする財団法人である。会員の中小企業経営者約107万人から年間250億円以上の金を集めている。その会員名簿を使い、9万人分の自民党費(年間数億円)を村上議員などの分として収めていたのだ。
  このように自由民主党は、「拘束名簿」の順位を公然と全国組織、業界、大企業にお金で売っていたのである。
  久世問題でこの事が表面化した本年8月に、突如「非拘束名簿」方式が浮上した。
  名簿順位をお金で売るのではなく、票で売ろうというわけだ。つまり、名簿とお金を出すのではなく、人員と経費を使って選挙運動を行ない、票を獲得して自分の利益代表候補の順位を上げろという制度である。

【自由民主党は党の名前で戦うより候補者個人の名前で戦う方が有利と判断】
  自民党が「非拘束名簿」方式を慌てて導入しようとしている第二の党利党略は、去る6月の総選挙惨敗の経験から出てきたものである。
  6月の衆議院選挙において、小選挙区で自由民主党の候補者が獲得した票は25百万票であったが、比例区で自由民主党が獲得した票は17百万票にとどまった。つまり個人(候補者)の名前を書いてくれた人の数に比べて、党(自由民主党)の名前を書いてくれた人の数は8百万人も少なかったのである。
  その結果自由民主党は、党の名前で戦うことに自信を失い、個人の名前で戦う方が有利と判断したのである。そして来年の参議院選挙の比例区は、党の名前を書く「拘束名簿」方式ではなく、候補者個人の名前を書ける「非拘束名簿」方式に、急遽変更しようと決意したのだ。これが党利党略でなくてなんであろう。

【党利党略のため自由民主党は与野党の協議結果を踏みにじった】
  以上の二つの動機(党利党略)によって、自由民主党は参議院議長の下で各党派が2年間協議してきた「参議院選挙制度改革に関する協議会」の本年2月25日の結論を踏みにじって、突如、「非拘束名簿」方式の参議院選挙制度改革案を与党3党の議員立法の形で出してきたのである。協議会の報告書には、自由民主党を含めた各党派の合意として、「現行の拘束名簿式比例代表制の仕組そのものを改めるとなると抜本的な改革となり、その実現は容易でないことから、当面は現行の拘束名簿式比例代表制を維持することを前提として議論を進めること」と明確に書いてある。これを一方的に無視して、否定された「非拘束名簿」方式を導入する改革法案を、野党欠席のまま数に物を言わせて審議し、採決しようとしているのが、10月13日現在の姿である。

【選挙制度の改革法案は与野党の話し合いに基づいて提出する慣行であった】
  従来は、院の構成にかかわる選挙制度を改革する時は、必ず与野党がじっくり話し合い、学識経験者の意見も参考にして決めてきた。
  例えば、現行の衆議院の小選挙区比例代表並立制を決める時は、時の細川総理と野党第1党の河野自民党総裁が何回も何回も協議を重ね、その結論に従って衆議院選挙制度の改正法案を提出し、与野党が賛成して、可決成立した。
  また昨年衆議院比例選挙の定員20名削減を決めた時も、当時の与党である自民・自由両党は、始めは50名削減を主張したが、公明党など野党の反対を受け入れて20名削減とし、与野党一致して改正案を可決成立させた。
  今回の参議院選挙制度の改革についても、昨年6月に参議院議長の下に各党派の代表者から成る「参議院選挙制度改革に関する協議会」を設け、本年2月まで合計9回の協議を行ない、報告書を作成した。そこには前述のように、「当面は現行の拘束名簿式比例代表制を維持する」と明確に書かれている。
  それにも拘らず、与党3党はこの約束を踏みにじり、数を頼って、突如「非拘束名簿」方式に改革する法案を国会に提出したのである。

【各派協議会に戻るか強行採決か、今が山場】
  この暴挙は、6月の衆議院選挙の結果に危機感を持った与党3党が、何が何でも来年の参議院選挙で過半数を維持するための党利党略である。
  しかしこれは、前述したように、日本の議会制民主主義を脅かし、憲法で保障された日本国民の被選挙権を事実上制限し、政官業癒着を強めて日本の政治改革を後戻りさせるものである。
  このような三悪を日本国民は断じて許してはならないと思う。
  私達自由党は野党の中で、また与党に対しても次の4点を呼びかけている。
(1) 選挙特別委員会の設置、公職選挙法改正案の提案理由など与党が単独で行った措置を凍結する。
(2) 議長の下に選挙制度改革協議会を再開し、本年2月25日の協議会報告書を確認する。その上で、各派それぞれ現時点における意見の交換を一定期間精力的に行う。
(3) 協議会における意見交換の後、自由・共産・社民各党は委員の名簿を提出し改めて選挙特別委員会を開会する。
(4) 各派とも精力的に審議を行い、今臨時国会の会期中に結論を得る。
  以上の提案を無視して与党3党が選挙制度改革の強行採決を行うかどうか、国民の皆さんには是非とも注視して頂きたいと思う。